第六章 戸惑う感情

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第六章 戸惑う感情

目を覚ますと、いつの間にか保健室のベッドで寝かされていた。 制服もきちんと着ていて、あの出来事が悪夢だったんじゃないかと錯覚する程に身支度されていた。 「気が付いた?」 心配そうに僕の顔を見下ろす保険医の石塚先生に、僕はゆっくりと頷く。 「起きられる?」 と聞かれ、石塚先生に支えられながらゆっくりとベッドから身体を起こす。 首の後ろが鈍く痛いけど、ぼんやりと起こった出来事を思い出す。 「薬は多分…副作用とか無いとは思うけど…。念の為、うちの大学病院の検査室で検査受けて。」 紹介状を鞄に入れながら、石塚先生はそう呟いた。 「ご迷惑をお掛けしてすみません」 と呟くと 「こちらこそ…未然に防げなくて申し訳ない。あいつが使った薬は多分…大学病院から流用されたんじゃないかと思う。他にも、あいつのロッカーから薬やらなんやらが出て来たんだよ」 石塚先生はそう言うと、僕のベッドの横に椅子を持って来て座り 「あいつは…前から変な噂があってね。それで…生徒会が調べていたんだ。女生徒には目を光らせていたんだけど、まさかきみに行くとは思わなくて…」 と呟いた。 「そうだったんですね…」 ぼんやりと答えた僕に 「それから…あいつ、かなり前からきみの事をストーキングしていたみたいだね。きみの行動範囲から好きな物やらなんやら、事細かに調べてあったよ」 と石塚先生に言われ、僕はまんまと罠に嵌った自分に苦笑いした。 「とにかく、今日はゆっくり自宅で休みなさい」 石塚先生に言われて、時計を見たら8時を回っていた。 そして話が終わると 「どうぞ。今、目覚めましたから…」 と、廊下に声を掛けた。 すると秋月と田中さんが中に入って来て、秋月が僕に頭を下げて来た。 「え?何?」 思わず驚くと 「お前を守れなかった…。すまない」 と言われてしまう。 「嫌…僕がお前の忠告を無視したんだし…」 戸惑って答えると 「それでも!お前から目を離すべきじゃなかった…」 まるで自分を責めるように言われて 「あのさ…秋月は何も悪くない。むしろ、今回だって助けてくれたじゃないか。だから、そんな風に言わないで欲しい」 そう呟く。 すると 「俺は…コウさんと約束してたんだ。もう、同じ思いを誰にもさせないって…」 悔しそうに呟いた秋月に、僕は出会った頃に言っていた僕と似ている人との約束を果たす為に、僕の事を本当に心配してくれていたんだと知る。 「あのさ…お前がそんなに自分を責めると、僕の立場が無いんだけど?」 わざとおどけて言う。 「これからは、お前の言う事をちゃんと聞く。だから、今日の事はお互いに忘れよう」 僕は精一杯の空元気で伝えた。 すると秋月は泣きそうな顔で微笑むと 「分かった」 とだけ答える。 この後、僕は田中さんの運転する車に秋月と乗り、自宅へと向かった。 でも、正直、また両親に心配を掛けるのが辛かった。 「帰りたく無いな…」 窓の外を見てポツリと呟くと 「では、今日は翔さんの家に泊まりますか?」 と、田中さんが言い出した。 「え!」 僕と翔が驚くと 「赤地さん、帰りたく無いんですよね?」 と言われ、思わず俯く。 いつも僕が痴漢や強姦の類の被害を受けると、母さんが隠れて泣いているのを知っていた。 きっと、今回の事も、僕の顔色と身体の跡を見たら母さんは分かってしまう。 「今日の事って…」 ぽつりと呟くと 「学校のごく一部しか存じ上げません」 運転しながら、田中さんが答える。 「母さんが…泣くんです。僕がこういう目に遭う度に、こんな容姿に産んでごめんなさいって…」 流れる景色を見ながら、ぼんやりと呟いた。 多分、薬のせいもあったんだと思う。 いつの間にかウトウトしていたみたいで、気が付いたら知らない駐車場に居た。 「?」 疑問に思っていると、車の外で田中さんが電話で話をしていた。 僕に気が付くと 「赤地さん、ご自宅です。今日、うちに泊まると伝えましたので」 と、携帯を手渡された。 『もしもし、お兄ちゃん?勉強してて、こんな時間になったんだって?田中さんにご迷惑を掛けないようにね』 母さんに言われて、僕はあいまいな返事を返して電話を田中さんへと返した。 「では…はい。大丈夫です。はい、すみませんが宜しくお願い致します」 田中さんはそう言うと、スマホを切って胸ポケットへと入れた。 気付いたら、田中さんが着ているスーツが、僕を助けた時と違うスーツになっている。 「着替えたんですか?」 そう声を掛けると 「えぇ…。そんなことより、では、行きましょうか…」 って、ドアを開けられて外に出た。
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