第二章 裏切り

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僕は翌日から二日間、高熱で寝込んでしまった。 朝一に結城が家に来たようだったが、章三が理由を着けて追い返したらしい。 それから毎日、結城から僕の携帯に連絡が来た。 僕は何も返信せずに夏休みを終える。 正直、夏休みが終わるのが憂鬱だった。 結城の顔を見れば、嫌でもあの悪夢のような出来事を思い出す。 身体に刻まれた悍ましい感触の数々。 思い出すだけで未だに吐き気が襲う。 そんな僕の気持ちも知らず、学校へ行くと結城が待っていた。 「蒼介、話を聞いてくれ!」 教室に着くなり結城に呼び止められ、僕は眉間にしわを寄せる。 「話って何を?」 顔を見ずに席に着く僕に 「此処で話せないから…、取り敢えずこっちに来て」 結城が僕の腕を掴んだ。 その瞬間、あの悍ましい思い出が蘇り、思わず結城の手を振り払っていた。 「あ…」 思わずとっさの行動に結城の顔を見ると、酷く傷付いた顔で結城が僕を見ていた。 「分かった…。それが蒼介の答えなんだよな」 そう一言言うと、結城は僕に背を向けて歩き出した。元々、結城しか友達らしい友達が居なかった僕は、この日以降、学校で一人で過ごすようになる。 そんな僕を心配して、休み時間になると章三とあおちゃんが顔を見せに来てくれた。 僕はそれ以外の時間は本を読んで、一人の世界に閉じこもるようになっていった。 最初は喧嘩したのかと心配していた周りのクラスメイトも、いつしかそれが当たり前の光景になっていったようだった。 季節が変わり、受験で忙しくなった頃 「蒼ちゃん、私の母校を受けて見ない?」 突然、あおちゃんのお母さんである京子さんから提案された。 「え?」 結城とあんな事があってから、僕は志望校を全て変更した。 担任が僕の実力より低すぎると反対して、親が呼び出しになる事態にまで発展していた。 先生の勧める学校は、結城が受験する学校ばかりだった。 実力が同じくらいだから当然と言えば当然だが、どうしても結城と同じ学校には行きたくなかった。 そんな時、京子さんが『桐楠大学附属高等学校』の特待生試験のパンフレットを持って来たのだ。 桐楠大学附属高等学校と言えば、この辺では有名なお嬢様お坊ちゃま学校だ。 偏差値の高さもさることながら、授業料の高さも半端無いので地元では誰一人も受験した事の無い有名校だ。 「え?だって、此処は授業料が…」 戸惑う僕に 「ほら、此処見て。特待生試験ってあるでしょう?この学校はね、受験生の中に特別枠で特待生枠を設けているの。ただし、偏差値は一般受験より上がるし、もちろん内申書も同様。 その代わり、受かれば授業料はもちろん学校内の必需品は全て支給されるの。公立高校に行くより、親御さんへの負担も掛からないわよ」 京子さんはそう言って微笑んだ。 「どうして?」 僕は言い掛けて口を噤んだ。 きっと、あおちゃんが受験で揉めているのを知って、京子さんに相談したのだろう。 「しかもこの学校、受験資格に卒業生推薦も必要と書いてあるでしょう? この学校は大手企業の社長のお子さんや官僚のお子さんが通うから、お金を積んで悪い事を考えるような人を入れないようにしているのよ。 だから、基本は幼稚園からの一貫校なんだけど、それだと内部に競争が生まれない。 その解決策として、卒業生の推薦する一般枠から若干名入学させているの。 ただ、特待生試験に関しては、今まで合格者はほとんどいない。それでも良かったら…だけど。」 と言いながら、『勿論、受けるわよね』という顔で京子さんが僕の瞳を見つめる。 本当は…南高校には行きたかった。 県内唯一の男子校で学ランの学校。 僕みたいな顔に学ランは似合わないんだけど…、僕が小学校に上がったばかりの頃。 ずっとしつこく付き纏う人が居た。 家を知られちゃダメだってことはなんとなく理解していて、いつも必死に逃げて帰宅していた。 5月になった頃、とうとうその人に掴まってしまった。 「お嬢ちゃん、お兄ちゃんと遊ぼう」 ギラギラした目が怖くて 「僕、男の子だよ!お嬢ちゃんじゃないから離して!」 必死に逃げようと暴れていると 「こんな可愛い男の子が居る訳ないじゃないか」 その人は僕を引き寄せ、口元を押えた。 「お兄ちゃんの家、すぐそこだから。大丈夫、怖い事しないから」 そう言われて恐怖に怯えた時だった。 「お前、何してる?」 その人の後ろから声がした。 「え?この子と知り合いだから遊んでるんだよ」 必死に笑顔を作って答えるそいつに、 「へぇ…、知り合いねぇ…」 口元を押えられた状態で僕は声の方を見る。
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