第十三章 重なる偶然

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それは、朝食を食べていた時だった。 朝の情報番組が流れている中、背後のリビングから流れるテレビの音に箸が止まる。 翔の父親が経営する会社が手掛けた結婚式場を紹介していたらしく、1度だって忘れた事の無い声がテレビから流れて来た。 母さんはテレビに近付き 「お兄ちゃん!田中さん!田中さんがテレビに出てるわよ!」 と叫んでいる。 「テレビで見でも、イケメンよね~」 溜息を吐いて呟くと 「でも、前に会った時の方が感じが良かったわね。何か、いかにも営業スマイルって感じ?」 母さんが首を傾げて呟いた。 すると章三が呆れた顔をして 「当たり前だろう!仕事なんだから」 そう言って食事を進める。 画面に映し出された田中さんは、口元は笑っているけど、目が冷めた目をしていた。 見ている僕まで寒くなるほど、何も写していない冷たい瞳。 僕の知っている田中さんの笑顔は、目尻が下がって優しい雰囲気になる。 仕事が忙しいのだろうか? 顎のラインが少しシャープになった気がする。 目元にも疲労感を感じてしまって、心配で息をするのも忘れてテレビを見ていた。 すると、インタビュアーの女性が 「あの…田中さんは凄いイケメンですが、彼女とか居るんですか?」 と質問した。 すると田中さんは終始変わらない表情で 「プライベートの事ですので…」 って、「しーっ」とやるように人差し指を自分の口元に当て答えた。 「はぁ~!イケメンは何をしても絵になるね」 と、母さんがテレビに話し掛けている。 僕は箸を置いて 『ご馳走様』 って、両手を合わせて母さんに口を動かすと、洗面所へと向かう。 蛇口を捻り、流れる水を顔に浴びせるように当てる。声を聞くだけで、あの日を思い出す。 『蒼介』 と囁いた声。 荒い呼吸、熱い身体の熱も、触れた唇の感触も…。抱き締めてくれた腕の強さも、受け止めた熱の熱さも忘れた事は1度も無い。 瞳から、水とは違う熱いモノが流れる。 「あの日の事は、お互いに忘れましょう」 最後に聞いた田中さんの声は悲しそうだった。 泣く資格なんか無いのは分かってる。 それでも苦しくて息が出来ない。 洗面所の縁にしがみつくように腕を付き、溢れる涙を必死に止めようと唇を噛み締めた。 蛇口から流れる水と一緒に、この気持ちも流れて消えてしまえば良いのに…と思う。 しばらくすると、家のインターフォンが鳴り響く。僕は慌てて顔を洗い、身支度の確認をして家を飛び出す。玄関には、いつもの優しい笑顔を浮かべた安井さんが立っている。 「おはようございます、赤地様」 と言われて、微笑んでお辞儀をして挨拶を交わすと 「大丈夫ですか?」 と、ぽつりと聞かれ、,安井さんの顔を見て目を瞬かせると 「又、お痩せになられたのではないのですか?顔色も、あまり宜しく無いようにお見受け致します。…赤地様。以前、私がお願いしたことを覚えていらっしゃいますか?」 安井さんがぽつりと呟く。 「陽一様は今、あなたの手を必要とされています。赤地様も又、同じなのでは無いですか?」 安井さんの言葉に、僕は首を横に振る。 僕には、田中さんの手を取る資格なんか無い。 「赤地様も陽一様も、聞き分けが良すぎますよ。特に赤地様。あなたはまだ子供なんですよ。時には我儘になって良いのでは無いのですか?我儘になった方が、案外声が治るかもしれませんよ」 心配そうに言われて、僕は小さく微笑み返す。 すると安井さんは困ったように微笑み 「赤地さん…日本には古来から、誰の小指にも運命の赤い糸が運命の相手と結ばれていると言われています。今、お二人糸はもつれているだけです。必ず、又お二人が手を取り合えると信じています」 安井さんはそう言うと、そっと僕の手に触れた。 「ですから、その日までちゃんと食事をして、もう少し太られて下さいね。こんなに冷たい手をなされていては、陽一様が心配なさいますよ」 安井さんの手は大きくて温かい。 そしてゆっくと手を離すと、僕を車へと誘導した。 「安井、話が長い」 安井さんが運転席に着くと、翔が開口一番に叫んだ。 「申し訳ございません。今日で又、しばらく赤地様とお会い出来なくなると思ったら話し込んでしまいました」 ニコニコしながら話す安井さんに、僕は翔の顔を見る。 「親父が明日から、仕事に戻るんだ…。でも、安心しろ。田中は運転手から下ろした」 翔は僕を見ず、前を見つめたまま答えた。 下ろした?疑問に思っていると 「お前が原因じゃねぇから、余計な心配すんな。あいつの都合だよ」 溜息混じりに言われて、安井さんを見る。 「本当ですよ。今、陽一様は病院で車の運転を止められておりますので…」 と、安井さんが答えた。 病院?何処か悪いのかな? 痩せて見えたのは、そのせいなのかな?
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