第十三章 重なる偶然

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僕を連れて行く時、お姉さん達が 「あ!お名前をどうしましょうか?」 って言い出した。 すると翔が、にやりと笑って 「良い名前があるよ。たかまつ とうこ」 って言い出した。 僕がその名前に「はぁ!」って声にならない声で言うと 「良い名前じゃないですか!透明な子で透子!翔さん、ナイスです!」 って言われて、僕は声の出ない声で 『お前!ふざけんな!』 って叫ぶ。 そう…「たかまつ とうこ」とは、僕の最初で最後の彼女の名前。 実際は「高松統子」と書くんだけど…、統子にバレたら殺されるな…。 何が嬉しくて、元彼女の、しかも振られた相手の名前で呼ばれなくちゃならないんだよ! しかも、翔の奴 「俺が居たらお前だってバレるから。しかも俺、部活あるし」 って言って着いてさえ来ない! 胃がキリキリして来た。 絶対にバレるって…。 泣きそうな僕に運転手さんが 「お姉さん、モデルさん?」 って声を掛けて来た。 「はい。彼女、初めてなんです」 メイクのお姉さんが答えると 「綺麗な子だね~。おじちゃん、年甲斐もなくドキドキしちゃったよ」 って笑っている。 しばらくして、まだ建築途中の式場に到着する。 「撮影場所のチャペルは、建物そのままを持って来たので使えますので…」 バタバタと連れられ、新郎新婦控室と書かれた部屋に入った。 すると翔のお父さんが待っていて 「すまないね、無理を言って…。」 本当に困ったみたいな顔をして僕を迎えた。 そして僕の全身を上から下まで見ると 「それにしても…本当に綺麗だな…」 と驚いた声を上げる。 「男の子だとは…誰も思わないよ」 そう呟くと 「実は、この結婚式場は我が社を掛けた一大プロジェクトなんだが…。撮影に来たモデルが写真と全然違くてね…。時間は無いし、翔に頼み込んで正解だったよ」 と、翔のお父さんが嬉しそうに頷いた。 「じゃあ、後は頼んだよ」 メイクさん達に声を掛けて、翔のお父さんはバタバタと部屋を出て行った。 「代わりのモデルが到着したんですよね」 聞き覚えのある声がドアを開けて僕の顔を見た。 手に絵コンテを持った田中さんは、僕の顔を見て一瞬眉を寄せた。 その後、「まさか…ね…」っと呟いて自嘲気味に笑い 「すぐに支度して下さい。押してるんで、早めにお願い致しますね」 と言い残し出て行ってしまう。 「じゃぁ、やりますか!」 二人がそう叫ぶと、まず、置いてあったウエディングドレスに着替える。 この…ドレスに着いてるキラキラ…本物のダイヤじゃないよね? ウエストと胸元の施されたキラキラにビクビクしていると 「大丈夫ですよ。それ、イミテーションですから」 と、笑顔で言われてホッとする。 ドレスに着替えて、メイクを始めた時に部屋のドアがノックされる。 返事を待たずにドアが開くと、田中さんが白いバラの花を一輪を手に入って来た。 「これ、花嫁の髪飾りです。それから…、ちょっと失礼します」 そう言って僕の顎を掴んで顔を見ると 「予定を変更して、シャドウはピンクじゃなくてグリーンにしましょう。 色は…これ。後は任せます。それから、可愛らしいより…綺麗な感じに仕上げましょう」 冷めた目が僕を見下ろす。 「髪の毛は下げずに…アップで…。大丈夫ですか?」 テキパキを支持をしている田中さんに、メイクさん達が返事している。 「では、宜しくお願い致します」 そう言って出て行く田中さんの背中を目で追う。 僕の知らない、仕事をしている田中さん。 メイクさん達がカツラの髪の毛を器用にアップにした髪型にして、左耳の上あたりに白い薔薇の花を飾る。 メイクが終わり、鏡に写っているのは自分でも驚く位に別人だった。 多分、今の僕を見て、僕だって分かる人は居ないと思う。 首元まであるドレスは、ちょうど喉仏を隠してくれている。 「ドレスの裾は、蹴るように歩いて下さいね」 歩き方の練習をしていると、口笛が聞こえて入口に視線を向ける。 「へぇ~、きみが代わりのモデル?」 見た目は綺麗だけど、なんだか嫌な感じの男性が現れた。 僕に近付くと、ジッと顔を見つめる。 まさか…男ってバレたのかな?って冷や汗をかく。 すると 「へぇ~。確かに、最初のモデルより全然綺麗な子が来たね」 鼻が着く程に近付かれ、思わず顔を反らす。 「ねぇ、名前なんていうの?」 聞かれて、首を横に振る。 「あれ?もしかして…声出ないの?」 にやりと笑われて、ジリジリと近付かれる。 「へぇ~、綺麗な顔しているのに…可哀想。」 蔑むような視線と言葉に、自分の周りに居る人達は優しいんだと知った。 こんな差別をするような態度をする人は居ない。 僕がムっとして部屋を出ようとドアノブに手を掛けると 「ねぇ、きみって陽のなに?」 って聞かれた。 疑問の視線を投げると 「彼がメイクや髪型に口出しするって無いんだよね。だからさ、ピンっと来たんだよね。もしかして、陽の特別な人なのかな?って」 値踏みするような視線にムっとした瞬間、ドアが開かれた。 「あ!永尾君、此処に居たの?先にスチール撮るから用意して頂戴」 どうやら撮影の担当者らしき人物が呼びに来た。 その人は僕の顔を見ると 「あら?あなたが新しいモデルさん?こりゃ~、さっきの子は返されちゃうわね。それにしても…こんな綺麗な子、何処から連れて来たのかしら?」 ふふふって笑ってその人は僕に微笑んだ。 永尾と呼ばれたヤツが居なくなって、ホッと息を吐く。 僕も呼ばれて、写真撮影に入る。 「はい、こっち向いて笑って」 って言われるけど…、元々写真が嫌いな僕が上手く笑える訳が無い。 撮影が難航してしまい、一度休憩になってしまった。今まで、テレビでモデルさん達を軽く見ていた事を、謝罪させて下さい。 何もない所で笑うって、こんなに大変だったんだ…。 控室に戻り、鏡の前で笑顔を作ってみる。 確か…口を「い~」の口にするだけでも笑って見えるって言ってたよな…。 声が出ないので「い~」って言って見る。 …目が笑って無いから、口と目元のアンバランスさに凹む。 顔をマッサージしたり鏡の前で百面相をしていると、背後から「プ」っと笑う声が聞こえた。 驚いて振り向くと、田中さんが声を殺して笑っている。 必死にやっている事を笑われて、僕が頬を膨らませると 「あ…すみません。あまりにも真剣に百面相をなさっているので、声を掛けそびれてしまいました」 って言いながら、又、笑ってる。 「笑おうとするから笑えないんですよ」 田中さんはそう言いながら僕の隣に座った。 ふわりと香る田中さんのコロンの香りに、ドキリと心臓が高鳴る。 「無理に笑うんじゃなくて、楽しい事を思い出してみて下さい」 『楽しい事?』 思わず呟いて、声が出ない事を思い出す。 ハっとして何か書く物って探していると、田中さんが胸ポケットからPHSを取り出した。 「あなたの変顔のインパクトが強すぎて、すっかり忘れていました」 そう言いながら手渡される。 疑問に思って見上げると 「さっき、スタッフから聞きました。声、出ないんですよね?これ、ショートメールが使えるので、連絡に使って下さい。それからメモ機能もありますので、会話したければここを押してくださいね」 小さなPHSを手渡され、僕はさっそくメモで『ありがとう』と入力した。
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