第十三章 重なる偶然

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田中さんが微笑んで頷いた瞬間 (ん?さっき、僕の変顔って言わなかった?) 思い出して、僕はメモに 『今、変顔って言いませんでしたか?』って入力すると 「え?今頃、それに触れますか?」 って、田中さんが驚いて僕を見る。 『酷い!一生懸命練習してたのに!』 と書いて、田中さんに見せる。 「すみません…。あれ、練習というより…変顔ですよね…」 又、思い出して吹き出した。 僕が怒って田中さんの腕をポカポカと叩いていると 「すみません。そんなに怒らないで下さい」 そう言いながら、クスクスと笑い続けている。 (あれ?翔と安井さん。田中さんが笑えてないって言ってなかった?今、めちゃくちゃ目の前で爆笑してるけど…?) 思い出して、ふと田中さんの顔を見る。 久し振りに見た、目尻の下がった田中さんの笑顔。 やっぱり、僕はこの笑顔が好きだな~って見つめた。 すると田中さんが口元を押えて視線を反らす。 「?」 どうしたんだろう?と小首を傾げると 「すみません。…実は、あなたが知り合いに良く似ていまして…」 と呟いた。 驚いて目を見開くと 「その人は男の子なんですけどね…。あなたと同じ、薄茶色の瞳をしているんです。だからつい、あなたを見ているとその人を思い出してしまうんです」 そう自嘲気味に笑った。 すると、田中さんが何かを思い出したらしく突然笑い出して 「彼もあなたのように、なんでも一生懸命なんですけどね…。どうも空回りしてしまうんですよ…。あ、そういう所も似ていますね」 クスクスと笑って僕の話をする田中さんに、胸がギュっと痛くなる。 切なくて田中さんから視線を外すと 「すみません。男の子と似てるなんて、失礼な話でしたよね」 って、慌てたように謝罪してきた。 慌てて首を横に振ると 「でも…男の子とは言え、綺麗な子なんですよ。あなたに似ている位ですから」 そう言って微笑んだ。 握り締めていたPHSで真実を伝えようかと思った瞬間 「田中主任、此処にいらしたんですか?」 って、スタッフらしき女性が呼びに来た。 「あ、ごめん。すっかり話し込んでしまった」 「もう!美人だからって、鼻の下を伸ばし過ぎですよ!」 スタッフの人と話をしながら部屋の出口に着くと 「お時間を取らせてすみませんでした」 と、田中さんは軽くお辞儀をして部屋から出て行ってしまった。 急に静かになった部屋が寂しくて、溜息が出る。 「へぇ~、陽さんって声出して笑う事あるんだ」 突然、言われて驚く。 気が付くと、永尾と呼ばれていた男性モデルが僕の隣に座る。 「あんたさ、本当に何者?」 そう言われて戸惑う。 「確かに顔立ちは綺麗だけど…写真に撮られ慣れてないし、人形みたいで生きてる感じがしないよね?それに…身体も盛ってるでしょう?その細身でその胸ってあり得ないよね?」 永尾と呼ばれていた人が僕にジリジリ近付いてくる。 何となく危険な予感がして、さっき渡されたPHSを握り締める。 バレないように『助けて』と打とうとして、 「何してるの?」 って声を掛けられて、ビクっと身体が震えて「た」の一文字で送信してしまった。 「何?それ。」 腕を掴まれて、PHSが腕から床へ落ちる。 『カシャン』と床に落ちる音に気を取られた瞬間、背中のファスナーを下ろされてハラリとドレスが脱げそうになって慌てて前を押える。 「ねぇ、正体…教えてよ。陽さんにどうやって取り入ったの?この身体で誘惑したの?」 ドレスを押えている手を掴まれて、ギリギリと上に上げられる。 「俺さ、この仕事を取るのに必死だったんだよ。だけど、あんたみたいな素人を相手にさせられて…。馬鹿にしていると思わない?」 そう囁かれてドレスの襟もとに手を伸ばされ、もうダメだって目を閉じた瞬間 「何してる!」 大好きな声が聞こえて、『ガシャン』っと物凄い音がした。 慌てて目を開けると、永尾と呼ばれていた男性モデルが後ろに飛ばされていた。 そして田中さんは胸倉を掴むと、腕を振り上げた。 『ダメ!』 空気しか出ない声で叫んで、田中さんの腕にしがみ付く。 「離して下さい。この不届き者を殴らないと、気が済みません」 田中さんの声に僕は首を振る。 しばらくして、田中さんの腕がゆっくりと下ろされる。 僕がホッとして田中さんにしがみ付いていた手を離すと 「社長からお預かりしている大切なモデルに、何てことしてくれたんですか」 と呟いた。 「え?」 永尾と呼ばれていた男性モデルが驚いた顔をする。 「この方は、社長の知人の娘さんです。何を勘違いなさったのか知りませんが、こんな事をしてタダで済むと思わないで下さいね」 地の底から這うような声に、聴いていた僕さえもゾっとした。 永尾と呼ばれていた男性モデルは、吹っ飛ばされた時に何処かで顔を切ったらしく、頬から血を流しながら真っ青な顔をしている。
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