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撮影が始まってガチガチに緊張していると、ふわりと両頬を田中さんの手で挟まれて顔を上へ向けられる。
「ほら、視線がカメラに向いていますよ。今、あなたの目の前にいるのは私だけです」
そう囁かれた。
優しく微笑まれて、大好きな瞳が僕を見つめる。
ジっと見つめ合っていると、恥ずかしくなって思わず視線を外した。
その瞬間、フラッシュがたかれる。
(あぁ…そうか。撮影なんだ…)
そう思った瞬間、田中さんの腕が僕の腰に回された。驚いて見上げると
「目を閉じてください。良いですか?今から魔法を掛けます。あなたは今、世界で一番幸せな花嫁です。あなたは大好きな人達に祝福されて、此処で結婚式を挙げます。それを想像してみて下さい。しましたか?はい、3.2.1」
と言った後、指が鳴った。
目を閉じている間、章三やあおちゃん。父さんや母さんの笑顔を思い出した。
来る事の無い、幸せな未来。
でも、今は想像だけでも良いから幸せな気持ちで居たい。そう思って目を開けた。
眩しいライトの光と、腰に当てられた田中さんの腕の温もりが背中を押してくれる。
花嫁だけの写真撮影の時も、田中さんがギリギリまで傍に居てくれてカメラマンの後ろに立って僕を見つめてくれていた。
気が付くと、スチール撮影がほぼ完了していた。
「スチール撮影、お疲れ様でした」
スチール撮影が終わって、お茶を手に田中さんが僕の隣に座る。
そして僕の手にお茶を渡すと
「少し休憩をしたら、イメージビデオを撮って全部終了です。疲れましたか?」
気遣うように聞かれて、僕は首を横に振って微笑んだ。
すると田中さんも小さく微笑んで、ムービーの説明をしてくれた。
父親役のエキストラの方とバージンロードを歩き、新郎役の田中さんが迎えに来て祭壇へと上がる。
誓いの言葉は女性の声優さんが声を当ててくれるので、僕は口だけ「はい」と動かせば良いらしい。そして誓いのキス。
キスは実際にはしないので、ベールを上げてキスをするフリで一旦カメラを止めて、今度は新郎とバージンロードを歩くという短い撮影らしい。
これならなんとかなりそうだ!と、僕も胸を撫で下ろした。
リハーサルを何度か行い、撮影が始まった。
厳かな讃美歌の中、僕は父親役のモデルさんに連れられてバージンロードをゆっくりと歩く。そして田中さんが父親役のモデルさんに一礼すると、僕にゆっくりと手を差し出す。
僕は吸い込まれるように田中さんの腕に手を回し、祭壇へ向かう。
祭壇に並ぶと、牧師さんが聖書の朗読を始め、誓約の儀式を行い、いよいよ田中さんと向かい合ってベールを上げられる。
僕は田中さんを見上げて、少し見つめ合ってからゆっくりと瞳を閉じた。
田中さんの顔がゆっくりと近付く気配を感じて、ここでカットが掛かるんだよね…って「カット」の声を待っていた。
すると
「愛しています」
息が唇に触れる距離でそう囁かれた気がした。
驚いて目を開けようかと思った瞬間、田中さんの唇がゆっくりと僕の唇に触れる。
(え…?)
何が起こっているのかわからないまま、田中さんの唇が離れて行く。
その時、僕の瞳から一筋の涙が流れた。
田中さんはその涙を拭うように、そっと僕の頬に触れる。
思わず見つめ合ったまま、時が止まってしまったのではないかと思った。
「次のシーン行きます!」
の声に、ハッと我に返る。
スタッフさんにブーケを渡されて、次の撮影に進む。
田中さんがにっこりと微笑みながら
「やっぱり、少しグリーンの入った白い薔薇にして正解でしたね。髪飾りとブーケ、ドレス、どれをとっても良く似合っていますよ」
と言われて、恥ずかしくなってブーケで顔を隠す。そんな僕を見て、田中さんは微笑んだまま
「きっと、声が出たらこう言うんでしょうね。『恥ずかしから、あまり見ないで下さい』って…」
そう呟いて、視線を遠くに飛ばした。
僕はその言葉に驚いて顔を上げる。
(どうして…分かったんだろう?もしかして…僕だってバレた?)
ふと、脳裏をよぎる。
でも、さっきは全然そんなそぶりがなかったのに?
疑問に思って田中さんの横顔を見ていると
「じゃあ、すみません。新郎新婦、最後のシーンお願いします」
と、スタッフさんの声が聞こえた。
田中さんはゆっくりと僕の手を取ると
「さぁ、やっと最後です。大丈夫ですか?」
そう言って労わるように僕を見つめる。
僕はゆっくり頷いて、田中さんの腕に手を絡めて前を向く。
最後のシーンは、フラワーシャワーを浴びながら幸せそうに笑顔を浮かべて歩く新郎新婦と言うシーン。今はとにかく、田中さんの隣で幸せな花嫁さんになれば良い。
僕は目を閉じて深呼吸をする。
田中さんが、本当は断った仕事を僕の為に代役をしてくれたんだ。
しっかり最後まで頑張らなくちゃ。
自分に言い聞かせて目を開ける。
「歩きますよ、良いですか?」
小さな声で声を掛けられ頷く。
綺麗な色の花びらが宙を舞い、祝福ムードを盛り上げる。
僕はゆっくりと、花びらの舞うバージンロードを歩き始めた。
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