第十三章 重なる偶然

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「お疲れさまでした~」 一通りの撮影が終わり、今、田中さんだけのスチール撮影をしている。 僕は許可をもらって、見学させてもらっていた。 すると、僕を此処まで連行したメイクさんがお茶を持って来て声を掛けて来た。 僕はお茶の入った紙コップを受け取り、お辞儀をする。 しばらくして、全撮影が終わって田中さんが先に着替えの為に控室へと下がって行く。 「陽さん、着替えが早いから、終わったらすぐにメイク落として上げますね」 そう言われて僕は頷く。 それより…この足に履いているヒールを脱ぎたい。女の人って、こんな痛い靴を履いて大変だな~って、ヒールを半分脱いでプラプラさせていた。 すると、ふわりと田中さんコロンの香りがして顔を上げる。 田中さんは僕の前に跪くと 「足、大丈夫ですか?慣れないと、痛いですよね」 と話しかけて来た。 「すみません。今日、この後すぐに出ないといけないので、此処で失礼します。」 そう言われて、寂しかったけど小さく微笑んで頷いた。 田中さんはそんな僕をしばらく見つめてから 「このプロジェクトは、社運を賭けた大事な仕事なんです。本当なら、あなたをこんな風に巻き込みたくは無かったのですが…」 そう呟くと、そっと僕の両手を田中さんが両手で触れて 「こんな恰好させられて…嫌だったでしょうに…。ご協力して下さって、本当ありがとうございます。この御恩は、必ず返させて頂きます」 そう続けた。 僕が驚いて固まっていると 「声の事も…知らずにすみませんでした。あと少しでこの仕事も落ち着きます。調子が良いと思われてしまうかもしれませんが、あなたが嫌でなければ、又、一緒に勉強したり送迎させてはいただけませんか?」 と言い出したのだ。 僕はハッして、コクコクと頷いた。 すると田中さんは優しく微笑み、そっと僕の頬に触れて 「又、痩せましたね…。あなたは私がちゃんと見ていないと、すぐにご自身をぞんざいに扱うのが悪い癖です。」 そう呟いた。 すると 「田中主任、そろそろお願いします!」 入口から声を掛けられて 「分かりました!すぐに行きます」 と、田中さんは返事をしてもう一度僕を見上げた。 「今日、会えて良かったです。本当にありがとございました、蒼介さん」 そう言って立ち上がった。 (やっぱりわかってたんだ。何処で?いつ?どうやって?) 驚いて立ち上がる田中さんを見上げると 「あなたが兄のように慕って下さる間は、ちゃんと役目を果たしますので…」 優しく微笑んでそう言い残すと、足早に歩き出した。 (え…?) 一瞬、言葉の意味を理解するのに時間が掛かった。 『待って!違う!』 慌てて追いかけようとして、ドレスの裾が邪魔で上手く歩けない。 痛いだけのヒールを脱ぎ捨てて、僕はドレスの裾をたくし上げて必死に走った。 でも、ドアを開けて外に出ると、田中さんはタクシーに乗り込んで行ってしまった。 遠ざかる車を見つめながら、僕は茫然と立ち尽くしていた。
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