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第三章 入試と出会い
桐楠大附の受験を決めたものの、正直、
不安だった。過去問はおろか、試験についての情報が全く無い。一応、滑り止めを何校か受けてはいた。
でも、何故かそこに結城も受験していたのを後から知って、何がなんでも桐楠大附に受からないとならない状況に追い込まれていた。
図書館に行き、図書館のパソコンで少しでも情報を仕入れようとしてたけど、結局、何も分からないままだった。
自宅から3つ先の駅にある大きな本屋には足繁く通っていて、自分の苦手分野の克服をしようと参考書を吟味していた。
そんな時、同じ参考書に手を伸ばして手が触れてしまう。
「あ!すみません…」
見上げて、あまりのイケメンに声を失う。
そう、まるで漫画か何かから抜け出したのかと思う程、綺麗な顔立ちをしていたのだ。
「こちらこそ、すみません」
その人は、僕が声を失っているのさえ気にせず微笑むと、その顔にその声は反則だろうという位の甘い声で微笑んだ。
ふわりと、シトラス系の爽やかなコロンの香りが鼻腔を掠める。
見た感じ、20代前半位かな?
スーツを着たその人は、全身からフェロモンを撒き散らしている感じだった。
気が付くと、売り場に居合わせた女性の視線は全て彼に注がれている。
「受験生ですか?」
思わず見取れていると、その人が訊ねてきた。
「え?あ、はい!」
慌てて返事をすると
「何処を受験するの?良かったら、教えてくれる?」
優しい笑顔を浮かべて聞いて来た。
「桐楠大附なんです…。だから、資料が無くて…」
名門校の名前を出すのが恥ずかしくて、照れ笑いしながら答えると
「勉強のノート、見せてくれる?」
って、突然言われた。
僕は意味が分からないまま、笑顔と一緒に出された手にノートを渡していた。
彼は僕のノートを数ページ見ると
「成程…。きみには、この参考書よりこっちの方が良いと思うよ。」
そう言って、一緒に手を出した参考書では無い違う参考書を手渡した。
「基礎がしっかりしてるから、さっきの参考書じゃ物足りないと思いますよ」
と言って、問題集も参考書の上に置いた。
「これが解ければ、桐楠大附には受かるから」
そう言ったのだ。
「あの…」
「あ、信じるか信じないかは、君次第だけどね」
戸惑っている僕に、その人はそう言って最初の参考書を手に取って歩き出した。
「あの!ありがとございます」
参考書を抱えてお礼を言うと、その人は優しく微笑んで
「どういたしまして。」
と言ってから、僕の頭をクシャっと撫でると
「うちの受験生も、君みたいだったらやり甲斐あるのにね…」
って言って、大きな溜息を吐いた。
そして
「それから、勉強ばかりしていないで、食事をちゃんと食べていますか?こんな細っこい身体だと、受験を乗り越えられませんよ」
と言って再びポンポンと頭を軽く叩いて優しく微笑んだ。
その瞬間、僕の胸がドキドキと鳴りはじめる。
この感情に戸惑っていると、その人は時計を目にしてから
「あ、急がないと…。では、又」
と言い残して、レジへと向かって行った。
爽やかなコロンの残り香と、甘やかな胸の高鳴りを僕の中に残してその人は去って行った。
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