第十四章 赤い糸

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そんなに高い木じゃないし、ちょうど近くに脚立があったので脚立を使って木に登ってヴェールに手を伸ばす。 あと少し…と手を伸ばし、ヴェールを取った瞬間だった。 「危ない!」 って声が聞こえた時、『バキ』っと鈍い音がして枝が折れた。 真っ逆さまに木から落ちて、あぁ…ケガするな~とぼんやり考えていたら、抱き留められていた。 ふわりと香るコロンの香りで、顔を見なくても誰だか分かる。 そうか…。もう、田中さんが迎えに来る時間だったんだ…って考えていると 「あなたは…何してるんですか!」 って怒鳴られた。 驚いて見上げると 「良いですか!あなたは今、声が出ないんですよ!何かあった時、助けが呼べない状態なんです!それなのに、一人であんな細い木に登ったりして…。もし、私が見掛けなかったら、どうなっていたと思うんですか!」 物凄い剣幕で怒られてしまう。 「ごめ…ん…なさい…」 思わず涙が出て来て、泣きながら謝ると 「そもそも、前から思っていたのですが、あなたは無鉄砲すぎます!もう少し自分の事を考えて行動して…え?」 物凄い剣幕で怒り続けていた田中さんが、驚いた顔をして僕を見た。 僕が驚いた顔をしている田中さんを見上げると 「蒼介さん、今…」 そう呟かれた。 「え?」 「え?」 田中さんに抱き締められている状況で、お互いに顔を見合わす。 すると田中さんが僕の頬に触れて 「もう一度、声を出してもらえませんか?」 そう呟いた。 僕は息を吸い込み 「田中さん?」 と、大好きな人の名前を呼んだ。 「蒼介さん、声…出るようになったんですか?」 そう言われてハッする。 「本当だ…。なんで?」 驚いて田中さんの顔を見上げると、田中さんが嬉しそうに微笑んでいたんだけど…。 その目から涙が流れている。 「え?田中さん?どうしたんですか?」 驚いて田中さんの頬に手を伸ばすと、田中さんが僕の手に触れて 「もう二度と…あなたの声が聞けないんじゃないかと思っていました。」 そう言われる。 「田中さん…」 僕が名前を呼ぶと、田中さんはゆっくりと僕の身体を抱き締めた。 「もう一度、名前を呼んでいただけますか?」 久し振りに抱き締められた田中さんの腕の中は暖かくて、ずっと凍っていた心が溶けて行くようだった。 「田中さん…、心配掛けてごめんなさい」 田中さんの背中に手を回し、僕はそう呟く。 「良いんです…もう。良かった…、本当に良かった…」 僕を抱き締める田中さんの身体が震えている。 何も言わないでいてくれたけど、どれだけ心配していてくれたのかが伝わって来る。 この後、僕は一旦田中さんと分れて教室へと戻った。僕の声が戻ったのを、クラスのみんなが喜んでくれて、中には泣き出す女子も居た。翔に、「心配を掛けたんだから」と、生徒会の皆さんにも報告に回った。 みんな同じように喜んでくれて、会長には久し振りに抱き付かれた。 もちろん、すぐに津久井先輩によって撤去されたけど…。 でも、みんながお祭り騒ぎみたいに喜んでくれて、僕はなんだか恥ずかしくなった。 色々あったけど、こんなにもみんなが僕の事に親身になってくれていたんだと知るきっかけになった。 そして帰宅してからも大騒ぎで、母さんは涙を流して喜んでくれて、お祝いをするからと強引に田中さんと翔を夕飯に招いて大変だった。 途中、章三から連絡を受けたあおちゃんもやって来て、良く分からないお祭り騒ぎになってしまう。僕はそんな大騒ぎに疲れて、途中で自分の部屋へと戻った。 ベッドに突っ伏して、今まで気付かなかったみんなの気持ちが嬉しかった。 でも、本当は声が出たら一番に言いたい言葉があった。 「陽一さん…大好きです」 生徒手帳に挟んである田中さんの名刺に呟く。 溜息を吐いた瞬間、ドアがノックされた。 「は…はい!」 慌てて生徒手帳を閉じて、部屋のドアを開ける。そこには田中さんが立っていた。 「そろそろ遅くなるので、失礼します」 「そうなんですね。遅くまで付き合わせて、すみませんでした」 そう言ってから 「あの…まだ少し大丈夫ですか?」 と、田中さんに聞いてみた。 田中さんは不思議そうな顔をしてから 「ええ。少しでしたら…」 と、戸惑った顔をして頷いた。 僕は田中さんを部屋に招き入れると 「ずっと心配ばかり掛けてごめんなさい。」 そう言って俯いた。 すると田中さんは小さく笑って 「もう、何度も聞きましたよ。あなたが元気で居てくれれば、もうそれで良いので…」 そう答える。 僕は大きく息を吸って 「今まで…ずっと誰かに甘えてばかりいて、自分で何もして来なかったように思うんです。だから…全部ちゃんとケリを付けてきます。今度は自分の力で…」 そう言って田中さんを真っ直ぐに見つめた。 「だから…、それまで少し待っててくれませんか?」 断られるのを覚悟で、僕は田中さんに気持ちをぶつけてみた。
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