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「え?」
田中さんは僕の言葉の意味が分からない…という顔をして僕を見つめる。
「僕…ずっと田中さんが好きでした。でも、振られるのが怖くて…逃げてばかり居て。それで結局、会長を傷付けて、田中さんも傷付けて…、篠崎さんも傷付けました」
「幸?」
僕の最後の言葉に、田中さんが不思議そうに呟いた。
「僕、声が出なくなってから、偶然、お会いしてるんです」
「そうなんだ…。あいつ、突然会社を辞めてね。アパートも引き払ってしまったから、今、何処で何をしているのか分からないんだ。だから、蒼介さんの事も何も聞いていなくて」
田中さんの言葉に、僕は言葉を失くす。
「まぁ、あいつの事だから、何処に行っても上手くやれると思ってはいるんだけどね」
小さく笑う田中さんに、僕は俯いて
「そうさせてしまったのは…僕のせいですね。」
そう呟く。
でも、逃げないって決めたから…。
僕はゆっくりと田中さんに近付き
「声が出たら、一番に言いたかった言葉があるんです」
そう言って、田中さんのジャケットの袖を掴む。そしてゆっくり田中さんを見上げて
「陽一さん、愛しています。誰よりも…ずっと」
想いを込めて呟いた。
田中さんは信じられないという顔をして、僕を見ている。
「信じてもらえないかもしれないけど…、僕は陽一さんしか見えないんです。陽一さんじゃないと…ダメなんです。迷惑かもしれないけど…、もう遅いかもしれないけど…でも…」
最後の言葉は、田中さんの唇に奪い取られる。僕の頭を抱き寄せ、唇が重なる。
ずっと、触れたかった人。
大好きで大好きで…たまらなかった人。
僕も田中さんの背中に腕を回した。
舌を絡め、お互いを貪るように激しく求めあう唇。
本当は…今すぐにでも抱き合いたいと思った。
触れ合いたいと思った。
でも…それは全てケリが着いてから…って決めたから。
ゆっくりと唇が離れ、田中さんの額が僕の額に当てられる。
「あなたが納得するまで…私は待ちますよ。ずっと…」
田中さんはそう呟いた。
「ありがとうございます。我儘ばかり言って、ごめんなさい」
僕がそう言うと
「でも…あまり待たせないで下さいね。私はあなたより、10歳も年上なんです。
お爺ちゃんになってしまう前に、お願いしますね」
って言いながら微笑む。
僕は田中さんの胸に抱き付いて
「そんなに待たせたら、僕が死んでしまいます」
そう言いながら、大好きな人の胸に顔を埋めた。
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