第十五章 もう、離れない…

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告白するだけでも勇気がいっただろうに…。 僕は本当に甘えてるって思った。 会長の好意に甘えて別れ話を会長にさせてしまい、田中さんの気持ちに甘えて待ってもらっている。 自分が情けなくて…落ち込んでしまう。 きっと、翔が聞いたら「すぐにネガティブに考える」って怒られるだろうな…。 そんな事を考えていると、頬にぽつりと雨粒が当たる。 ぽつぽつから、段々と雨脚が早くなっていく。 僕が急いで本屋へ戻ると、ザーっと音を立てて雨が降り出した。 バケツをひっくり返したような…という表現がぴったりな雨の雨量に電車が心配になる。 この辺は低地で、直ぐに電車が止まってしまう。 少し濡れるのを覚悟して駅へと続くアーケードを歩いていると、案の定、駅からは電車の運転見合わせのアナウンスが聞こえる。 迎えに来てもらうにも、途中のガード下は完全に普通車では走れないだろうと考えていた。 その時 「ねぇ、きみ」 って声を掛けられる。 視線を向けると、知らない二人組の男。 多分、年齢は2こ上位かな? 「雨、凄いね。良かったら、俺等とカラオケいかない?」 と誘われた。 (カラオケ…歌、苦手なんだよな…) そう考えながら 「すみません、僕、カラオケ苦手なので…」 と答えた。 すると、二人組は驚いた顔をして 「え?男?」 「マジ!」 って叫ぶと、僕の全身を舐めるようにジロジロと見ている。 (ナンパ目的か…) 溜息を吐いて無視すると 「でも、良くねえ?妊娠する心配ないし」 「マジ?お前、そっちの趣味あったの?」 「無いけど、本当に男か剥かないと分かんないし…。もし男だったとしても、変な女より綺麗じゃね?」 「でも、声は野郎声だったぜ。綺麗でも…どうなのよ?」 話の話題が嫌な方向に向かっている。 僕はジリジリと距離を取って、逃げるタイミングを計っていた。 「ねぇ、きみ。本当に男なの?」 肩を掴まれそうになって、思わず反射的にその手を叩き落した。 「いってぇ~、骨折れたかも…」 ワザとらしく痛がる一人に視線を向けた瞬間、腕を掴まれてもう一人に壁に押し付けられた。 「暴力反対」 そう言われて、顎を掴まれた。 「へぇ…男って興味無いけど、あんた綺麗な顔してるな」 駅の出口付近。 人気の少ない場所で、死角になる自販機の横の壁に背中を押し付けられた。 肩を壁に押し付けられ、顎を掴まれてニヤニヤと見つめられる。 「もしかしてあんた、男知ってるんじゃないの?」 「あ、案外、身体売ってる人?」 「客待ちとか?」 失礼な言葉を投げられてカチンと来る。 僕を壁に押し付けている男が、顎から手を離すと僕の腰からお尻のラインを触りながら耳元で 「幾ら?」 って囁いたのだ。 その瞬間、僕の堪忍袋の緒が切れた。 自由になる足で、思い切りそいつの臑を蹴り飛ばした。 「いってぇ~!」 叫ばれて、ひるんだ隙に外へと全力で飛び出した。 「おい!待てよ!」 背後から声が聞こえて、僕は近くの交番へ駆け込んだ。 二人組はその様子を見て、慌てて駅へと引き返していく。 が…、交番はパトロール中という看板が下がっていた。 運よく、雨脚が強くて向こうにはその看板が見えないらしい。 此処に居ても、あいつらに中に人が居ないとバレたら今度こそアウトだ。 僕は駅からこちらの様子をうかがう二人組が話をしている隙に、交番の中へと入るフリをして裏側に回った。 全身に叩きつけるような雨。 恐怖と寒さに身体が震え始める。 それでも必死に頭をフル回転させてどう逃げるかを考えていると、目の前に人影が現れた。もうダメだ…と、諦めたその時 「蒼介さん?」 聞き覚えのある声に視線を上げた。 そこには傘をさした田中さんが立っている。 「なんで?」 驚いて見上げていると、田中さんは僕の頭にバスタオルを被せて 「大丈夫ですか?顔色、真っ青ですよ」 そう言うと僕の頬に触れた。 田中さんの大きな手と、暖かい温もりに触れて気が抜けてしまう。 抱き付こうとして、自分がずぶ濡れなのに気が付いて田中さんのシャツを握り締めた。 瞳から涙が溢れて止まらない。 すると田中さんは何も聞かず、ゆっくりと僕を抱き締めてくれた。 「怖かったですね。もう、大丈夫ですよ」 優しい声でそう言うと、僕の肩を抱き寄せ田中さんの右脇に抱き寄せてくれた。 「随分と身体が冷たくなってしまっていますね。歩けますか?」 労わるような声に頷くと、田中さんは微笑んでゆっくりと歩き出した。 「こんな時期に、ゲリラ豪雨なんて困りますよね…」 震える僕に気遣っているのか、田中さんが他愛の無い話をしている。 少し歩くと、田中さんがマンションのエントランスへと入って行く。 ポケットから鍵を取り出し、マンションの入り口のオートロックを解除するとそのまま中へと進む。 エレベーターに乗り込み最上階のボタンを押した頃、やっと涙が止まって声を発した。 「あの…」 僕の声と、エレベーターの扉が開く音が同時に響く。 「話は後で聞きます。取り敢えず、その冷えた身体を温めましょう」 そう言われて、マンションのエレベーターから廊下を歩く。 段々、風雨が酷くなり、廊下にも雨が吹き込んで来ている。 『506』と書かれた部屋の前に着くと、田中さんは鍵を差し込んでドアを開けて、僕を中へと招き入れた。 玄関に入ると廊下の左右にドアが2つあり、田中さんは玄関から右側のドアを開けると 「蒼介さん、靴を脱いでいただけますか?」 って言われる。 靴?って思っていると、中から足ふきマットを持って来て廊下の入り口に置いた。僕が靴を脱いでその上に乗った瞬間、ひょいっと担がれてしまった。 「え?田中さん?」 慌てる僕を担いだまま、右側のドアの中へと入って行く。 そこは洗面所になっていて、洗面台の隣に洗濯機が置かれている。 ぼんやりと眺めていると、『ガチャ』っとドアの開く音がして僕の身体が下ろされた。 どうやら浴室らしい。 入口にかごを置かれて 「濡れた衣服は此処に入れて下さい。着替えは…私の衣類しか無いので、大きいかもしれませんが、此処に入れておきます。」 洗濯機の反対側にタオルやバスタオルが入った棚があり、その棚の上を指してテキパキと説明をすると 「ちゃんと湯舟に浸かって下さいね」 と言い残し、田中さんが洗面所を後にした。 浴室は入って目の前が磁器の湯舟になっていて、その左側にシャワーと浴室用の棚がある。 棚にはボディソープと男性用のシャンプー。 最上段には、髭剃りと髭剃り用のシェービングフォームが置いてある。 なんだか田中さんの日常を見てしまい、ドキドキしてしまう。 僕は体毛が薄くて、まだ髭が生えて来ていない。 だから章三や翔みたいに、髭剃りって使った事がないんだよな…。 ぼんやり考えてシャワーの蛇口をひねる。 お水が出るかと思っていると、最初からお湯が出て来て驚いた。 考えてみたら、浴室の床も冷たくないし…。 凄いな…全部計算されて、すぐ温かい状態で使える用意してくれてる。 髪の毛と身体を洗ってから、ゆっくりと湯舟に浸かる。 湯舟は大き目に出来ていて、僕が足を伸ばしても余裕がある。 背もたれ部分が斜めになっていて、頭を置く場所は少し高くなっている。 足の部分がベンチ部分になっているので、僕は踵をベンチ部分の乗せてみた。 やばい!滅茶苦茶気持ちが良い! お湯に浮かんでいるような感覚になって、思わずウトウトしてしまう。 その時、ドアの向こう側から田中さんが 「蒼介さん。着替えですが、私のパジャマなので少し大きいと思いますが置いておきますね。下着は未使用なのを置いておきますので、使って下さい」 と言われて、思わず眠りかけていたので慌てて起き上がる。 「はい、ありがとうございます」 そうドアの向こうに叫ぶと、田中さんがクスクスと笑っている気配がする。 「そうそう。お風呂、気を付けて下さいね。 翔さん、良くそこで居眠りしていて溺れかけてましたから」 って言われてしまった。 (バレてる…) 恥ずかしくなって湯舟に顔を沈める。 その後でふと (ん?翔は田中さんの家に泊まってたって事?) って考えて、心の中がモヤっとしてしまう。 あの二人が、僕で言えばあおちゃんと僕のような関係だって頭では分かっているんだけど…。 それでも嫉妬してしまう。 その度、本当に僕って狭小な人間だなって思う。 思わず考えて込んでしまい、頭を振って雑念を払う。 (ダメだ…、悪い事しか考えられない) 湯舟から出て浴室から出ようとした時、曇りガラスの向こう側で田中さんが衣類を脱いでいる気配を感じた。 (え!まさか…一緒に入るつもり?) アワアワして思わず湯舟に戻る。 そう言えば…ホテルで一緒にお風呂に入ったんだよぁ~。 あの時は、シャワーだけだったけど……。 あの日の事を思い出す。 身体を這う田中さんの手。 後ろから挿入された灼熱の塊。 思い出して恥ずかしくなってしまい、湯舟の中に潜り込む。 今、田中さんが入ってきたら驚いちゃうよな…。って考えて、顔を湯舟から出してドキドキして待っていた。…が、入って来る気配が無い。 疑問に思ってそ~っと浴室から脱衣場を見ると、田中さんの姿は既に無い。 代わりに洗濯機の音が響いていた。 (あれ?さっき、確かに田中さんが居たような…) って、濡れた身体をバスタオルで拭きながら、無機質な音を立てて回るドラム式洗濯機を見た。 すると、そこには僕の衣類と迎えに来た時に来ていた田中さんの衣類らしき物が回っている。 (なんだ…濡れた洋服を着替えていただけか…) ガッカリしている自分に気が付いて、恥ずかしさが倍増されてしまう。 着替えが置いてある場所に目線を移し、真新しいワインレッドのパジャマと未開封の下着に手を伸ばす。 未開封の下着は多分、コンビニに買いに行ってくれたのだろう。 ちゃんと僕のサイズの物が置いてあった。 パジャマに関しては…悲しい事にダブダブで…。 上着の丈は膝丈で、ズボンに至っては大紋長袴のような長さ。 しかも絹かなんかの良い生地だから、折ってもスルスルと落ちて来てしまう。 ウエストはゴムだけどゆるくて…、もう、ひどい有様だった。 取り敢えず、ズボンのウエストを持って浴室を出た。 部屋は何処だろうって悩んでいると、廊下の突き当りの部屋だけすりガラスになっていて、光りが漏れている。 僕は恐る恐るそのドアを開けて中を覗いてみた。 するとドアの向こうはリビングになっていて、左右に部屋があるようだった。左側には洋室っぽいドアがあり、右側は和室なのか襖になっている。 「あ…出ましたか?」 ドアで立ち尽くしていると、田中さんに声を掛けられた。 ドアの右側が奥まってキッチンとダイニングになっている。 田中さんはキッチンから歩いて近付くと、僕の姿を見て吹き出した。 「あ…すみません。大きいだろうとは思っていましたが…」 そう言いながら笑いを堪えている。 僕が頬を膨らませると、田中さんは必死に笑いを堪えて 「他のに着替えますか?」 って言いながら、又、笑ってる…。 「もう良いです!」 そう言ってプイっと顔を背けると 「すみません。そんなに怒らないで下さい」 と田中さんは言うと、そっと背けた側の僕の頬に触れた。 思わず田中さんに視線を向けると、困ったような表情で僕を見ていて胸が苦しくなる。 触れてくれている田中さんの手に自分の手を重ねて、田中さんを見上げると顔が近付いて来た。 ゆっくりと瞳を閉じると、田中さんの唇が触れる。 一度軽く触れてから、二度目は深く口付けられて、貪るようなキスに目眩が起こる。 気が付くと後頭部を押え付けられ、深く激しく求められて、無意識に田中さんの首に手を回して僕も田中さんを求めた。 キスをしたまま抱き上げられてテーブルに押し倒されると、僕の足からズボンが脱げ落ちる。 パサっとズボンが床に落ちる音がすると、田中さんはプッと吹き出した。 「なんで此処で笑うんですか!」 「あ…嫌、すみません。…笑っちゃいけないと思うのですが…」 そう言って、又笑ってる…。 田中さんは僕の身体を抱き起すと、頭を優しく撫でてテーブルから下ろした。
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