第十五章 もう、離れない…

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「そう言えば…蒼介さんがお風呂に入っている間、ずっとスマホが鳴っていましたよ」 田中さんの言葉に、ハッと我に返る。 慌ててカバンからスマホを出すと、着歴が10件。自宅と章三からだった。 僕は脱げたパジャマのズボンを放置して、そのまま自宅に折り返し連絡をした。 電話はワンコールで繋がり 「お兄ちゃん!今、何処に居るの!」 母さんの慌てた声に、思わず苦笑いを浮かべる。 「心配掛けてごめん。今、田中さんの家に居るんだ」 『田中さん?田中さんって、あの田中さん?』 「そう。駅で、電車が運休しちゃって…。立ち往生してたら、偶然会ったんだ。」 僕の言葉に 『偶然?本当に?』 母さんが疑いの声を出す。 困ったなぁ~って思っていると、田中さんが僕に手を出して 「代わります。」 そう言い出した。 何を言うんだろう?って疑問に思いながらスマホを手渡すと 「あ、すみません。田中です。はい、いつも翔さんがお世話になっています」 田中さんの明らかに営業ボイスを聞いていると 「はい。私の友達が駅で偶然、蒼介さんを見かけたと連絡して来まして。はい。はい。あ、いえ。大丈夫ですよ」 母さんと話していた「私の友達」って、多分、篠崎さんなんだろうって思った。 そんな事を考えていると、 「はい。では、蒼介さんに代わりますね」 と話す田中さんの声に我に返る。 スマホを受け取り、耳に当てた瞬間 『お兄ちゃん、ずるい!』 の第一声が飛んで来た。 『電車が止まってるし、車で迎えに行きたくても、高架下も川の氾濫で通行止めらしいの。仕方無いから、今日は田中さんの家に泊めてもらう事になったから』 母さんの言葉に、僕が驚いて田中さんを見た。 田中さんは何事も無かったかように、冷蔵庫を物色している。 『もう!お兄ちゃんばっかり狡いわよ!母さんが替わりたかったわ!』 そう叫ばれて、そう言われても…って心の中で呟く。 『良い!くれぐれも田中さんにご迷惑掛けるんじゃないわよ!』 と話す母さんの言葉に、僕はバクバクしている心臓の音が聞かれてしまうんじゃないかと思いながら 「分かってるよ。じゃあ、もう切るね」 そう言って通話を切った。 (初めてのお宅訪問で、お泊まりなんだ…) イケナイ期待を抱えながら、何やら作っている田中さんの背後に回る。 肩越しに覗くと、炒飯が出来ていた。 しかも、餡掛け蟹チャーハン! 醤油ベースのワカメと玉ねぎのスープ付き。 僕が唖然としていると 「すみません。冷蔵庫の中に大した物が無くて…」 と、申し訳無さそうに言われてしまう。 「いやいや!充分、立派です。この蟹って…」 「あぁ、頂き物のカニ缶です。賞味期限間近だったので、ちょうど良かったです」 田中さんは話しながら、僕に座るように促す。 テーブルに付き、手を合わせて 「いただきます」 と言って、蟹チャーハンを口に運ぶ。 あまりの美味しさに、田中さんの顔を見た。 容姿端麗、スタイル抜群、頭脳明晰な上に料理上手。この人…本当にスーパーマンだわ。って、しみじみ思ってしまう。 思わず手を止めて田中さんを見ていると 「どうしました?お口に合わないですか?」 って、心配そうに聞かれてしまった。 慌てて 「いや、あの…凄く美味しいです」 そう答える。 すると、田中さんは笑顔を浮かべて 「それなら良かった」 って言いながら、食事を続ける。 僕が言うのもなんだけどさ、チャーハン食べる姿もめちゃくちゃカッコ良い。 僕も、温かいうちに食べようとチャーハンを口に運んだ。 食事を終えると、食器を片付けた。 田中さんが洗った食器を、僕が拭いて片付ける。何かこうしていると、新婚さんみたいで気恥しい…。 後片付けを終えると、田中さんは 「すみません。お風呂に入って来るので、テレビでも見ていて下さい」 と言い残して浴室へと向う。 窓の外を見ると、まるで台風のような状況になっている。 唸る風、叩き付けるような横殴りの雨。 遠くで稲光が見える。 テレビの天気予報を耳にしながらぼんやりと窓の外を見つめていると、リビングのドアが開いて、田中さんが上半身裸で首からバスタオルを掛けた状態で戻って来た。 そのまま冷蔵庫へ向かい、缶ビールを開ける音が聞こえた瞬間、ピカっと物凄い閃光と同時に『バリバリ』っという轟音が鳴り響き地面が揺れた。 明らかに近くに落ちた音。 驚いて固まっていると、部屋の明かりが消えた。 「あ…近くに落ちましたね…」 状況に不似合いな田中さんの、のんびりした声に思わず吹き出した。 すると、何処から出したのか、LEDの懐中電灯で僕を照らす。 「大丈夫ですか?」 ゆっくりと田中さんは近付き、僕に手を差し出した。 僕がその手を取ると、リビングのソファーまで連れて歩いてくれている。 「困りましたね…。直ぐに復旧するとは思いますが…」 僕は田中さんの隣に座り、時々光る稲光にビクッと身体を震わせる。 すると田中さんは小さく笑いながら 「雷、怖いですか?」 って、明らかに馬鹿にした言い方をして来た。 「こ…怖くなんか無いです!」 田中さんの言い方にカチンと来て、痩せ我慢してしまうと、再び物凄い閃光が光って雷鳴が響く。 思わず 「ぎゃっ!」 って小さな悲鳴を上げて隣の田中さんに抱き着いた。そんな僕に、田中さんは小さく笑い出して 「怖くないんですよね?」 って意地悪な質問をして来た。 「田中さんの意地悪!」 田中さんから離れて頬を膨らませ呟くと、大きな田中さんの手が僕の頭を撫でた。 「すみません。可愛らしくて、つい意地悪したくなりました」 楽しそうにクスクスと笑う田中さんを、暗闇に慣れた目で見つめる。 まだ濡れた髪の毛から、シャンプーの香りが鼻腔を掠めて心臓がドキドキ鳴り響く。 缶ビールを飲んでいたのか、テーブルに缶を置く音が響いて 「キャンプ用のランタンがあった筈なので、持って来ますね」 そう言って、懐中電灯の電源を入れて立ち上がり掛けた田中さんの腕を掴む。 「蒼介さん?」 田中さんの手にある懐中電灯を取り上げ、電源を切ってテーブルに置く。 再び暗闇になり、時々光る稲光が田中さんの顔を照らす。 驚いた顔でソファーに座り直した田中さんに、僕は向かい合う形で田中さんの膝の上に座る。 首に掛けられたタオルを外し、田中さんの両頬を両手で包み込んで唇を奪う。 唇を重ねると、田中さんの腕が僕を抱き締めた。
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