手首

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 しかし、私はそんな彼女を眺めているのが好きだった。彼女のしなやかな手の動き、そして柔らかくジューシーな肉片を味わう艶かしい口元。決して洗練されているとは言い難いが、かと言って非難を浴びるようなものではないと、私は思っていた。それはきっと、若い時だけに許される特権なのだ。きちっとした礼儀作法で固められた仕草より、やや道を外れたと言うか、マナーを度外視して今この時を存分に楽しもうという、その態度が。私の目には、この上なく眩しく映った。それをたしなめようなどという気持ちが、私に起こるはずもなかった。  ただ……今日に限っては、彼女のその天真爛漫な仕草を、じっと見つめているというわけにはいかなかったのだけど。彼女が話をしながら、ひっきりなしにあっちこっちへと移動させる手の動きに、私は正直、視線のやり場に困っていた。 「ああ、お腹痛い。もう勘弁してよ、って感じよね。お願い、もうこれ以上笑わせないでよ、って! 頭おかしくなっちゃう!」  彼女は尚も笑いながら、今度は手をパチパチと叩いて自分の話に自分で盛り上がっていた。中年夫婦の奥さんは、もう諦めたと言わんばかりに、私への視線を送るのを止めていた。それで私も再び、食べ終えた食事が片付けられ、食後の酒だけが乗っているテーブル越しに、話し続ける彼女に集中出来たのだが。  やはり私の視線は、彼女の上気して赤らんだ顔よりも、オーバーアクション気味に手を叩く、彼女の手首を追ってしまっていた。真っ白い包帯が巻かれた、彼女の左手の手首を。    
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