手首

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 彼女と知り合った直後から、その持ち前の天真爛漫な明るさと、それと裏腹な「危うさ」に、私も気付いていた。彼女と付き合っていく以上、同時にその危うさとも付き合っていかなければならない。それは私も覚悟していた事だった。そして、自分の危うさを自覚しているからこそ、彼女は父親のような年齢の私を必要としてくれている。頼りにしていてくれる。自惚れと思われても仕方ないが、私にはそういう自負があった。  だから、いくら彼女がその手首の包帯を隠そうともせず私に見せ付けていても、私の方から明け透けに、それはどうしたのかと聞くわけにはいかなかった。これは、本当にデリケートな問題なのだ。それを確かめるのは、彼女が今夢中で話している話題が終わってからでも遅くはない。私は彼女とのこの関係をこれからも続けるためにも、慎重になっていた。  やがて彼女は、話したい事をとりあえずは話し終えたのか、ふう、と大きなため息をつき。あらためて私の目をじっと見つめた。 「ああ、ごめんなさい、さっきから一人でずっと喋りまくってて。お肉も美味しかったし、このお酒も美味しいし、なんだかテンション上がっちゃって!」  そう言って彼女は、決して軽くは無いグラスの酒を、ぐいと一息で飲み干した。「もう、ずっと喋ってたから喉乾いちゃって」そんなところもまた、彼女の魅力ではあるのだが。このままの勢いで飲み続けたら、店を出る時は彼女を抱きかかえているハメになるかもしれないな。そういった想像も、私にはまた楽しかった。ただやはり、過度のアルコールは、手首の「傷」には良くないだろうとは思ったのだが……。  自分が医者だからと言って、それをもっともらしく注意するというのは、私には躊躇われた。もっとも、その傷の原因がなんであるかが今は特定出来ないせいもあったが。とは言っても、その「原因」は、私には大体察しがついていたのではあるけれど……卑怯かもしれないが、それを確認することが、私が彼女の手首について話題を振るのを躊躇っている理由のひとつでもあった。それを、私は少なからず恐れていたのだ。
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