手首

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「いや、本当に、申し訳ないと思っている。これは私の本心だよ」  私はもう一度彼女に詫び、そして確かめずにいられなかった事を聞いた。 「で、その傷は……酷いのかい? かなり痛むのかい……?」  彼女はそれを聞いて、また「ふふふ」と笑った。彼女の目が、再び悪戯っぽくキラリと輝いた。 「ふふ。どう? 傷口、見てみる……?」  その彼女の返答には、私も面食らった。今ここで、ということか? この落ち着いた雰囲気に包まれたレストランで、その手首の傷を晒すっていうのか。それは、あまりにも……。私はさすがに、押し黙ってしまった。もちろん医者である私は、そういった傷口は見慣れているのだけれど。自分が親しくしている、しかも若い女性の生々しい傷口を、食事のすぐ後にレストランのテーブルで見ようという気にはなれない。そんな私に向かって、彼女は言葉を続けた。 「やっぱりね、痛むのよ、この傷。ずきずきって。傷口が疼くっていうのかなあ、そんな感じ? 痛まない時もあるんだけど、そういう時に限って何か重たいもの左手で持っちゃたりして、また痛みを思い出したりして。でも、ね」  彼女の言葉をただ黙って聞いているだけの私に、彼女は語り続けた。 「この痛みがね……なんていうか、生きてるってことを思い出させてくれるのよね。私は間違いなく、生きてるんだって。生きているからこそ、こうやって痛むんだって。だから、私はなんとなく、嬉しいのよ。この痛みを感じられている、そのことが」  ……その言葉に、私は不覚にも感動してしまった。その言葉を語った彼女の、純粋な目に。決して私を慰めようとかいうのではなく、強い酒に酔ったからでもなく。自分の本心から出ているであろう、その言葉に。
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