手首

9/11
前へ
/11ページ
次へ
「だから、あなたが謝る必要なんかないの。この痛みは確かにあなたのせいかもしれないけど、痛みを感じていられること自体が、あなたのおかげなんだから……」  私にはもう、返す言葉がなかった。無性に彼女がいとおしかった。誰が見ていようとかまわない。今ここで、彼女をぎゅっと抱きしめたかった。その気持ちを抑えることだけで精一杯だった。そして、私は気付いた。彼女が私に頼っているんじゃない。私が彼女に頼りきっていたのだと。こんな私に、素直に感謝の気持ちを伝えてくれる、そんな彼女が私には必要だったのだと。そんな当たり前のことに、今まで気付かなかった。気付けなかった自分が、私は恥ずかしかった。  それから私と彼女は店を出て、タクシーに乗り。ニ人で、私が予約していたホテルにチェックインした。いわゆるラブホテルではない、それなりの格式を持ったホテルだ。 「わあ、ロビー、広いね! 上までずっと吹き抜けになってるんだ、すごーい!」  そう言って無邪気に笑う彼女が、私はまたいとおしかった。フロントの男は、早く目の前からいなくなってくれ、さっさとエレベーターに乗ってくれというような視線を控えめに送っていたけれど。私はわざとゆっくり彼女の手を引き、そして予約した最上階の部屋へと向かった。 「わあ……夜景が綺麗だね。ここ、高いんでしょう?」  彼女は窓から見える景色に感動しながら、私に聞いた。私は「まあ、ね」とさりげなく答えた。そう、もし今夜、彼女の手首にあの包帯が巻かれていなかったら、彼女の言葉に私はささやかな優越感に浸っていたかもしれないが。今は違った。彼女に対して、こうして何かしてやれることが、私にとってどれだけ大切なことであるかを。今の私は十二分にわかっていた。そして、私は……ゆっくりと、彼女の手首の包帯を外した。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加