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わたしたちは、それからようやくミシンを取り出して、ブラジャーの制作をはじめる。集中していたから、あっという間に時間が過ぎてしまう。
「やば、冬夕。閉門の時間になる」
「あー。絶対、待ち構えているよね。なんか出し抜きたい気分」
「じゃあ、わたしと勝負しようよ。どっちが早く校門を抜けられるか」
「手芸部員が元陸上部員に勝てるわけないでしょ」
「でも、嫌味言われるの嫌じゃない?」
冬夕は上目遣いをして、わたしを見る。そんな時も瞳はアーモンドの形を崩さず、とびきりにかわいい。
「オーケー。でも、ハンデをちょうだい」
「いいよ」
はい、と言って、冬夕の大きなトートバッグを手渡される。
「なにこれ! めちゃ重いじゃん!」
「ハンデ戦っていったでしょ。レディ、ゴー!」
いきなり走り出す冬夕。わたしは慌てて追いかける。ていうか鍵返さなくちゃいけないじゃんか。
「ヘイ、カモーン!」
しっかり職員室の方に向かっている冬夕。伊藤先生に慌てて鍵を返す。
「お疲れ。松下雪綺。三角冬夕。ってなんだ、もう行くのか?」
「魔法が解けちゃうんです」
「鐘がなっているんです」
「気をつけて帰りなさい!」
背中にかかる声に
「はーい!」
わたしたちはそろって答えると、そこからまた校門目指してダッシュをする。案の定、学年主任が校門で待ち構えている。
わたしたちは、さらにスピードをあげる。
「さよならあ!」
呆気にとられる先生を横目に、わたしたちは大きな口を開けて、ぎゃははは、と笑う。
「さっすが雪綺。ハンデをものともしませんね」
「冬夕こそ、結構走れんじゃん」
すると突然、冬夕はしゃがみこみ、たはは、と力なく笑う。
「どうした?」
「めっちゃ、こぼれた」
何が? と思ったけれど、経血か!
「大丈夫? 冬夕、明日無理しない方がいいのじゃない」
「うん、そうかも」
わたしたちは、そのあとはそろそろと炎天下の中を歩いた。少し日は傾いているのに容赦ない湿度と熱風。
その夜、わたしのスマートフォンに届いたのは、ぐったり寝込んでいるロップイヤーのイラストのスタンプ。冬夕のお気に入りのキャラクターだ。
わたしは、眉の太いクマが花束を抱えているスタンプを送る。
結局、生地の買い出しに行けたのは、それから三日後のことだった。
「調子よくなった? 冬夕」
「おかげさまで、一番重い日はやり過ごすことができたよ。ごめんね、雪綺」
「そういうの謝らない。わたしたちもブランドやるからには、きちんと生理休暇も入れましょう」
「うん。そうだね。生理休暇って労働基準法に明記されているんだもんね」
「あ、そうなの?」
「そうらしいよ。わたしもちょっとずつ法律の勉強しているんだ」
「冬夕は、えらいね」
「えらくない。でも、スマートさがスタンダードの世の中になってほしい。反知性主義って必要なこともあるらしいけれど、そっちがスタンダードじゃ困ると思うの。
スマートさはありつつ、でも、多様性も担保して各々が満足している社会。必ずしもみんなが完璧な幸福の中にいないかもしれないけれど、少しずつ他人の痛みを引き受けられる社会。
そういう意味でのスマートな社会になって欲しいし、そういう活動をわたしはしたいんだ」
わたしは、そういう宣言をする冬夕のことをまぶしく見つめる。こういう女の子がわたしの親友であることを誇らしく思う。
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