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「ふたつめは雪綺の受け売りなんだけどね。犯罪は犯罪ということ。日本のとっても遅れているところだと思うんだけれど、痴漢は性犯罪でしょ。いじめは暴行罪ね。そういうの、なあなあにするのよくないと思うの。そのためにわたしは、きっと声をあげる」
冬夕の射るような視線。わたしはすぐさまそれにこたえる。
「わたしも、いっしょに声をあげる」
「ありがとう、雪綺」
ふっと、口元をほころばせる冬夕。
「そうして、冬夕はノーベル賞をとるんだよね?」
半分茶化したわたしに
「うん。平和賞を狙っているの」
真剣な瞳で冬夕が言う。
わたしたちは見つめあった後、お互いに吹き出す。
「なんて、ね」
「でも、本気でしょ、冬夕」
「うん。そうなの。本気なの。わたし小学校の卒業文集にノーベル賞をとりたいって書いたんだよ」
「知ってる」
「雪綺は、100メートルの世界新記録ね」
「陸上は、もうやめちゃったけれど。冬夕の夢は叶えたいな」
「ううん。目標。無理なのは承知しているけれど、本当に、本気よ」
わたしは冬夕のことをとても眩しく思う。おっとりしているのに、芯が強い女の子だっていうことをわたしは知っている。
家庭科室を出て、わたしたちは職員室に向かう。ミシンをしまっているロッカーの鍵を伊藤先生に返しにゆくためだ。
「松下雪綺。三角冬夕。完成したのか?」
伊藤先生は、家庭科の先生なんだけれど、なんていうか男勝りっていうか、さっぱりした感じの女性だ。いつもフルネームで生徒のことを呼ぶし、体育教師みたいな雰囲気を持っている。
「長らくお貸しいただきありがとうございました」
「ん? もう使わないような言いぶりだな」
「はい。わたしたち、これからは自分たちの家で作業することにします。ですから、手芸部は退部します」
手に持っていたペンを口にくわえて先生が尋ねる。
「退部も何も主要なメンバーは君たちだけだけれどな。でもどうして?」
「えーと、わたしたち、ブランドを立ち上げるんで、なんていうか学校のものを私物化するのはよくないかなー、なんて思って」
「へえ! ブランド作って、オンラインで販売するとか?」
本当に驚いたであろう先生は、くわえたペンを吹き飛ばした。
「はい。その準備をするところです」
机の下にかがみながら先生が言う。
「いいじゃん、ミシン、学校の使いなよ。だって、医療用のブラも続けるんだろ」
「そうですけど、ほら、お金関わるし」
ペンを拾い上げて、きっ、とわたしたちのことをにらむ。
「何、子どもがそんなこと心配するんだよ。いいんだよ、堂々と手芸部でお金を稼げばいい。もちろん、君たちのブランド名でホームページとか作ってもいい。今までだって、手芸部で作ったものは文化祭とか、地域のイベントで売ったりしてきたんだ。全然、問題ない。ふたりともミシンを持ってるわけ?」
「いちおう、家庭用ミシンはそれぞれの自宅にあります」
「でも、この学校のは職業用だから使いやすいんじゃないのか?」
確かにそうだった。家庭用のミシンは多機能なんだけれど、そういう機能はわたしたちの制作には無用だった。
「部活でやりなよ。いいよ、作ったものフィルグラとかにあげても」
フィルグラっていうのは、写真専門のSNSで、正式な名称はフィルムグラム。わたしたち、女子高生の間でも、とても人気のサービスだ。審査を通れば、ショッピングサイトにリンクを貼ることもできる。
「あれだろ、ブラジャーを学校で作るっていうのに引け目を感じているんだろ。だったらもっと堂々としていなさい。手芸部に入部した時のあいさつみたいに、強い意志を持って行いなさい。大丈夫。わたしに任せなさい。責任はしっかりとります」
「先生、政治家みたいなこと言ってる」
「わたしは、口先だけではありません。ふたりにはとても期待している。だから、部活動として続けなさい。ひやかしや邪魔が入る時はすぐに対処します」
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