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祖父が亡くなってからこの結婚に至るまでのあれこれに今も思うところがあるのに、こうして自ら望んでついてきてくれた侍女。
無責任に『大丈夫ですよ』などと言わないケリーを、ステラはやはり姉のように感じていた。
ステラの薄金色の髪を梳きながらケリーにウインクで茶化されて、少し心が軽くなる。
そう、きっと、くだらない噂話なのだ。
……いつの間にか姿を消したかつての婚約者は、実は別れたのではなく、伯爵邸の地下牢で冷たくなっているのだとか、そういうことも含めて。
「リーヴさんと直接お話しできれば、こんなに悩むこともないはずなんだけど」
「仕方ないですね。旦那様の不在時に奥方様と他の殿方が近しく接するのはよろしくないですし……あの方も煩いくらいに話すくせに、伯爵様のことに関してだけは全くもって口が堅い」
「あら、でもケリーとは随分気が合っていたように思ったけど? 今日もなにか楽しそうに話していたじゃない」
「お嬢様、不本意です」
くすくす笑うステラに、ケリーは眉を顰めてみせる。
迎えに来た男性はアラン・リーヴと名乗った。ウォーレス伯爵の従兄弟で、仕事の補佐もしているという。
ケリーよりも幾分歳上で、明るい栗色の巻き毛を綺麗に短く揃えており、人懐こそうに見える瞳には悪い意味ではない抜け目のなさが感じられた。
予定ではウォーレス伯爵の祖母、レディ・ベアトリクス・カーライルが同行するはずであったが、公爵夫人に急に呼び出されてかなわなくなったと謝罪を受けた。
そのためか、侍女を一人帯同したいことをおずおずと願い出れば、逆にほっとした様子で二つ返事で許された。
醜聞を気にしてか接触は最小限で、交わす言葉も挨拶程度。箱型の馬車に乗っているのはステラとケリーだけで、一人馬に跨り並走を続けている。
馬車から降りる際のエスコートを一度ならず引き止めて、少しでも会話をと試みたがスマートに躱されてしまい食事のテーブルさえ別。
ケリーを通して聞いてみるものの『着けば分かります』『お話はご本人同士で』とばかり。
遠くからステラを見る瞳に害意は感じられず、視線も柔らかいものだが、僅かばかり哀れみを含んでいるようなのが気にかかった。
「本当かどうか、明日には分かりますよ」
「……そうね」
「噂どおりだったら、そのまま引き返すだけです」
「ケリーってば」
領地から滅多に出たことがなく旅慣れないステラの体調に気をつかって、旅路はゆっくりめ。
伯爵家の馬車は揺れも少なく、泊まる宿も吟味されていた。
旅の最後の晩となる今日の宿もこの辺りでは一番らしく、ゆったりとした寝台の個室には風呂まで付いている。
格下の男爵家に対して破格とも思える扱いには心遣いが窺え、悪魔だのと恐れられている人とはおよそ結びつかない。
旅路を進むにつれて季節は逆に戻り、所々に残る雪に冷やされた風が冷たい。
細く火が入れられた暖炉と厚い毛布が重ねられた布団に、北の地に来たのだと実感する。
テーブルに置かれた蜂蜜酒は、ステラがウォーレス伯爵の元へ嫁ぎにきたと知った宿の女将さんからの差し入れだ。
各家庭で味が違い、うちのは花の香りのする蜂蜜を使っていて美味しいのよ、と言いながらステラの手を握りしめ可哀想な子を見る目で涙ぐまれた。
……噂は噂。
そう言い聞かせ蜂蜜酒をコクリと飲んで、ふかふかの寝台に入ったのだった。
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