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ふん、と勝ち誇ったように片手を腰に当てて宣言される。
「これは決定事項です。異論は認めません。そもそも、迎えるための部屋の準備だって隠しもせず随分前から行っていたのに、それにも気が付かないなんて。目も耳も一体どこに付いているのやら。自業自得です」
ここしばらくは忙しくて、別棟に泊まり込んでの作業が続いていた。久しぶりに本邸の執務室に戻ってきたところを急襲されたのだ。
ギロリと剣呑な目を向けられて、諸事の報告をする役目のアランはさっと横を向く。
いや、何かやってるとは思ってたけどまさか、などと口の中でボソボソ呟いて、わざと明るい口調でこの場の主役である女主人に向かって逃げを打った。
「あー、レディ? 一応確認ですけど、クレイトンのご令嬢はもちろんこちらの事情を諸々ご納得の上、輿入れなさるのですよね」
「……格下の娘が簡単に知っていい内容だと?」
アランの質問に、ベアトリクスは優雅な動作で扇を広げると口元を隠し、視線を外した。
くだらない質問と呆れたようなその口ぶりに、アランは顔を引きつらせる。
「つまりご令嬢は、伯爵家について何一つご存知ない。これから知らせる必要も――ないと仰せで」
沈黙は肯定。アランは深い溜息を吐いた。
ネイサンに至ってはいろんなところに青筋が立っている。相手が男だったら殴りかかっていただろう。
そんなことは絶対にしないとアランは知っているが、それくらい物騒な雰囲気だった。
それを知ってか、ベアトリクスはさらにネイサンへ言い募る。
「娘は、今は二か月前に倒れた当主の看病をしていますが、向こうでの用が済めばすぐにこちらに迎えます。ネイサン、貴方も若くないのですから一年……いいえ、半年以内に必ず後継をつくりなさい」
「私はまだ、」
「三十にもなれば十分です。娘はもうじき十九だから問題ないでしょう」
歳の差っ、とポツリもらしたアランは鬼の形相でネイサンに睨まれる。
慌ててまた顔を背けたところに、今度は氷のような視線でベアトリクスから凄まれた。
「私が十六歳で伯爵家に嫁いだ時、旦那様は三十五歳。ネイサンの父親が生まれたのは翌年です。何か問題が?」
「イエ、ナニモゴザイマセン……失礼致しました」
深々と礼をしたアランをつまらなそうに一瞥すると、ベアトリクスはネイサンに向かって溜息を吐いた。
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