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「あれから何年ですか。いい加減に、取り潰しになった家の娘のことなど忘れなさい」
「――お祖母様。私は彼女のことは」
「結婚はしたくないと言うその口で、引きずっていないなどとよく言えますね。曇った鏡を磨きもしないで困ったこと。クレイトンの娘が気に入らなかったら、子どもを産ませた後は好きにすればよろしい。娘は王都の屋敷で私の侍女にでもしますから」
聞き分けのない子どもを諭すような口調に、ますます室内の雰囲気は重く気まずくなる。
ちょうどその時、執務室の厚い扉にノックの音が響いた。
二人の言い争いを空気になってやり過ごしていたアランはほっとして駆け寄り、老執事から手紙を受け取る。
それは、急ぎベアトリクスに宛てたものであった。
入室してからずっと立ったまま話を進めていたベアトリクスはようやくソファーに腰をおろし、その場で手紙を開封する。
まるで中身が分かっているようにゆっくりと便箋を開くと、字を追いながら女主人の顔で指示を飛ばした。
「出かけます。アラン、供をなさい」
「えっ俺、いえ、私がですか?」
「セバスはちょうど今朝、腰を痛めたのですよ。全く間の悪い」
「はあ、分かりました。それで、どちらへ」
ベアトリクスはすぐには答えず、ゆっくりと便箋を畳んだ。
立ち上がると杖に少しだけ体を預けながら扉の前まで行き、振り返らずに固い声で告げる。
「……クレイトンの当主が亡くなりました。ステラ・クレイトンを迎えに行きます」
出発は明日の朝だとごく当たり前のように告げられて、二人はまた言葉を失くすのだった。
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