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「ネイトは?」
「旦那様はいつもの通り、お仕事に」
「今日くらい休んだらいいのに。まあ、でも、ネイトらしいか」
少し呆れたように呟いて、アランは申し訳なさそうにステラに向き直る。
どうやら『旦那様』は不在らしい。
果たしてどんな方が現れるかと気を張っていたステラは、到着早々に対面が叶わなかったことに半分気が抜けて、半分はほっとしていた。
目線で促され、顔を隠していた帽子をゆっくりと脱いで後ろのケリーに預けた途端、さわ、と周りの雰囲気が変わった。
髪も目も肌も、日に溶けてしまいそうなほど色の薄いステラは初対面で驚かれることには慣れている。
隣国出身の祖母に似た為の容姿だが、その隣国にしてもステラほど色の薄い者は多くない。
特に喪中で黒服を身に纏っているためコントラストが大きいのだろう。
この隣のアランだってクレイトンで対面した時に、ぽかんと口を開けたものだ。
メイドたちの視線には感嘆、そして輿入れに関しての些かの憐憫を含んでいたのだが。
ステラはそれには気付かず、いつもの物珍しさからくるものだと一人納得していた。
アランから紹介された二人はやはり執事と家政婦で、もうずっと長いこと勤めているという。
この二人からは、珍しいものを見るような視線も、ぽっと出の奥方を訝しむような雰囲気も感じないのに安堵した。
しかし、逆に何かを期待しているような眼差しで見つめられて、どうしたものかと困ってしまう。
「はじめまして。クレイトンから参りました、ステラです」
正式には『ステラ・カーライル』なのだが、なんとなくカーライル姓を名乗るのは憚られた。
かといって、ステラ・クレイトンとも名乗れない。
どうしようかとしばらく前から考えた結果の、この挨拶だった。
「長旅でお疲れでしょう。他の使用人のご挨拶は明日にさせていただきます。まずはお部屋にご案内いたしますので、お寛ぎなさってくださいませ」
アランのエスコートを離れて、ステラの帽子と小さい手提げを持ったケリーと二人、家政婦の案内で向かった二階の部屋は、さすがは伯爵家という設えだった。
南に面した大きな窓、たっぷりと厚いカーテン。
爪先が沈むほどのふかふかの絨毯は、細かいツタと花の模様――まさに屋敷の女主人にふさわしい部屋だ。
クローゼットに並ぶたくさんのドレスや小物は全て、今は不在のレディ・ベアトリクスが手配したのだという。
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