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「ウォーレス伯爵夫人としてふさわしい物を、とお選びになっていらっしゃいました。遠慮なく身につけるように、との伝言でございます」
「そうですか……お気遣いに感謝いたします、と。大奥様はしばらく戻られないのでしたかしら。後ほど御礼状を書きますね」
室内を一通り案内し、持ってきた数個のトランクが部屋の隅に積まれると、満足そうに頷いて家政婦はお茶を用意しに下がった。
ようやくソファーに崩れるように腰をおろし、ぐるりと周りを見回すとステラは両手で顔を覆う。
「ケリー……」
「とりあえず、歓迎されているようですわね」
「豪華すぎてクラクラするわ」
「蔑ろにされるよりずっといいじゃないですか。それにこのたくさんのドレス、サイズもぴったりそうですよ。お伝えしていたのですか?」
こちらを見ずにクローゼットのチェックをしながら、ケリーは言った。
「私が? まさか」
結婚を聞いたのだってつい最近だ。それ以前もそれ以後も、カーライル家と接触など微塵もない。
「……ですよね。でも見てください、色も形もステラ様によく合いそうなものばかり。それにほら、黒い服もあります。喪中だと知って用意して下さったのでしょうか」
それにしては手回しが良すぎると、ケリーは首を捻る。
どう見ても一点物の数々の服は、一日二日で用意できるようなものではない。
しかし、ステラには衣裳に気を回す余裕は無かった。
「ねえ、服のことより。ケリー、どうしましょう」
「お食事なら軽いものを頼みましたよ、お湯はその後に頂くことになっています」
「ええ、ありがとう。って、そうじゃなくて、ほら、そこ」
ステラの目線の先は入ってきた出入り口の扉ではない、一枚の扉。
鍵穴は、ない。そして今いるこの部屋に寝台はない。
「寝室ですね」
「寝室なのよ」
「……ご夫婦の、寝室ですね」
「〜〜っ!」
ここは『奥方様』の部屋だ。
『旦那様』の部屋と隣同士になるのは必然だ。
そしてその二部屋は寝室で繋がっていると相場は決まっている。
それに部屋内を案内してくれた家政婦が「あちらはお二人の寝室です」と当然のように言ったのを確かに聞いた。
ステラは『奥方様』だ。それはそうだろう、だがしかし。
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