クレイトンの執務室

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 初対面が祖父の葬式だったというのに、このクレイトン領とも地縁のない彼が継ぐのだという。  ステラには、自分こそが男爵家を継ぎたいという意思があるわけではなかった。  女性の領主はそこまで珍しくもないが、後ろ盾もない自分が独身のまま継いだところで、周りから侮られずにいられないだろう。  領地を狙って持ち込まれる争いごとに巻き込まれる領民たちの負担と不安を思えば、無理を通す道理はない。  このクレイトン領をしっかりと守ってくれるなら、相続を放棄すること自体はやぶさかでない。  ――気掛かりは、ひとつだけ。  突然倒れて以来、寝台から離れられなかった祖父は、最期まで領民たちのことを気にしていた。 「……デニス叔父様。クレイトンの領地は広くありませんし、税収だって多くはありません。ですが、お祖父様は、この地に住む人達のことをそれは大事にしていらっしゃいました」  初孫になるステラも生まれ、そろそろ息子夫婦に家督を継いで隠居を、とジェームズが考え出した時。  王都周辺で流行ったたち(・・)の悪い風邪が、至極あっさりとステラの両親と祖母を連れて行ってしまったのだった。  その時の流行病によって、もともと多くないクレイトン男爵家の血筋はさらにその数を減らした。  デニス叔父もそうで、婚儀早々に妻を亡くした彼は後添えを取らないまま王都で独身貴族に戻り、書類上はともかく、実生活ではクレイトン男爵家とは縁を切ったような関係になっていたのだった。  ステラとジェームズは墓と小さな領地を守り、細々とだが穏やかに過ごしてきた。  鳶色の瞳を細めて大きな手でステラの髪を撫でる祖父との、静かで優しかった暮らしを思い出せば胸が詰まる。  季節の節目のカードのやりとりすら途絶えていた叔父の人となりを、ステラは知らない。  ずっとクレイトン家の事務方をしてくれていたマーロウ先生が頷いてくれたなら安心も出来ようが、祖父よりも歳上の彼もまた昨冬、天に召されてしまっていた。  タイラーが事務所から持参した卿の遺言の書類に、不備は見受けられなかった。  ただ、事細かに記載されていた文面には、なぜかステラの名前の一文字すら見当たらないのだ。
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