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令嬢の困惑
「絶対にこんなこと間違っています!」
ステラの自室に入るなり我慢ならない様子で勢いよく話し出したのは、侍女のケリーだった。悔し涙を目尻にためて、先ほどまでいた執務室の方を睨んでいる。
気心の知れた、姉とも慕う侍女が憤慨してくれていることにステラは心が温かくなった。
「ケリー」
「御当主様は、ステラお嬢様に跡目を継がせるつもりでいらっしゃいました。ええ、確かにお眼鏡に叶う殿方が見つからなくて、難航してはいましたが。むしろ持ち込まれる縁談を、難癖をつけては片っ端から断っていらっしゃいましたが! 」
「ケ、ケリー」
「『うちの可愛い孫娘を他所の男にやるなんて』とか『あと五年は引っ張れるんじゃないか』とか、爺馬鹿もいいところでしたけれど!」
薄々そうじゃないかと感じてはいたが、やはりそうだったか。
可愛がってくれた祖父を思い出して少し遠い目をしていると、ケリーに両手をぐっと握り込まれた。
「それでも! それでも御当主様はあんな、二十年近く顔も見せたこともないデニス何某を後継になんてこれっぽっちもお考えでなかったことは、誰が見ても明らかなのに! なんですか、恥知らずにも突然やってきてあの人は、それにあの遺言書だって!」
「ケリー、そんなに怒ってくれてありがとう。でも……こうなっては仕方がないわね」
普段は冷静なケリーが、こうして感情をあらわにすることは滅多にない。
自分を思ってくれることが嬉しくて胸は一杯になるが、遺言書に疑いを挟む余地はなかった。
書類は確かに祖父の字で、書き直した形跡もなかった。
そして、懇意にしていたのは先代だが、信用の置ける人物が預かっていたものなのだ。
「異議を申し立てたところで時間の無駄だわ。それにね、誰が領主だろうと住んでいる人には関係ないのよ。叔父様さえしっかり皆を守ってくだされば、それで」
「お嬢様……だって、私にすら、お言葉がありましたのに」
その血筋の歴史だけは長いが、領地も屋敷も控えめなクレイトン男爵家に使用人は多くない。
通いの下働きを含むすべての使用人ひとりひとりに、卿は労いの言葉と幾ばくかの謝礼を遺していた。
そこまでしていて、最愛の孫娘であるステラを全く無視する道理がないと、ケリーは訝るのだ。
この遺言は何かがおかしい、と。
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