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ステラにとっても、遺言書に自分のことが全く書かれていなかったことはショックだった。
遺産や跡目のことよりも、祖父にとって、自分は気をかけるに値しない人間だったのだろうか。
……それとも、当たり前のように近くにいすぎて忘れられてしまったのだろうか、と。
それでも、目を瞑れば自分を呼ぶ優しい声を思い出す。
暖炉の前のソファーで幼いステラを膝に乗せて語ってくれた昔話。もうすっかり年頃の娘なのに、いつまでも子ども扱いして頭を撫でたがった祖父……。
隣国から嫁いだ祖母に、年を追うごとに似てくる孫娘は、二重三重の意味で大事にされていたのは間違いない。
今までの思い出の全てが、確かに愛情に包まれていた日々だったと伝えている。
ならばもうそれで十分なのではないか。
そう、思うことにした。
「あの遺言を遺されたお祖父様のお心は分からないわ。でも、クレイトン男爵家はデニス叔父様が継ぐ。これは、もう決まったこと……王宮の承認状もあったのを、ケリーも見たでしょう」
相続に関することは、こと迅速が求められる。
跡目争いなどで領主不確定の状態が続けば、問答無用で領地の召し上げや家の取り潰しなどもあり得るのだ。
まるで亡くなるのを待っていたかのような手回しの良さには胸に重いものを感じるが、家と領地の安泰のためと言われれば非難はできないだろう。
祖父の容態が快くなることを信じたくて、相続に関する手続きを後回しにしていたのは他ならぬステラなのだ。
悪意のある見方をすれば、そこに付け込まれたわけだが、かねてより心配することはないと言い含められており、また長い付き合いの事務方がいることに安心もしていた。
視線を落とせば、喪服の黒が否が応でも目に入る。
愛した祖父を両親が眠る墓地に埋葬してから、まだ丸一日も経っていない。
倒れてからは二ヶ月。
全てがあまりにあっという間だった。
「だからって、さっさと出ていけなんて……! お嬢様も少しは怒って下さいよ。年々すっかり聞き分けのいいお嬢様になってしまわれて。領地中の高い木に登りまくっていた、おてんば姫はどこにいったんですか」
十年以上も前のことを蒸し返されて苦笑いだ。
そもそも、木登りはケリーを探すために始めたものだった気がする。
「だって、私の代わりにケリーが怒ってくれているのを見たら、なんだか気が済んじゃって……それより、自分が結婚していたことの方が驚きよ」
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