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「結局知らなかっただけで、おばあさまの中で私は子どもの頃から、こちらに来ることが決まっていたのですね」
「不満か?」
「いいえ」
腕を取って歩くネイサンを見上げれば、その上に広がる満天の星空が見える。
王都でいろんな人と会い、叔父ともようやく隠し事なく話せて、文句なく充実した日々を過ごしてきた。
しかし、ここに戻るとほっとする。
煌びやかな夜会より、華やかな楽曲とともに供される茶会より、こうして二人で歩く夜の庭の方がずっと心安い。
こんなに短期間で、ここが『帰る場所』になってしまっていた。
「だって、旦那様。ミセス・フロストが本当のおばあさまになって下さって」
「……ああ、そうだな」
もっと喜んでくれてもいいのに、とステラは膨れる。
両親と祖母をいっぺんに亡くしたステラと祖父を支えてくれたひとなのだ。
今にして思えば、そのすぐ後にネイサンの両親も事故に遭っている。
大変な時だったのにも関わらず、だ。それに、
「初恋の人のお嫁さんになれました」
一人だけいた心を惹かれたひとはミセス・フロストの孫だった。
それを言えば、ネイサンの足が止まる。
覗き込むように合わされた瞳の奥までは、星明かりではステラにはよく見えない。
分かるのは頬をたどる指の動き。
「……旦那様?」
「どうして私とステラを結婚させようと思ったのか、祖母に聞いた。小さな頃の思惑など、とっくになくなっていただろうに何故諦めなかったのか、と」
「おばあさまは何と?」
ネイサンは思い出して、少し笑ったようだった。
「言われたよ。『夜に生きる貴方に必要なのは、陽の光でも月でもないでしょう』と」
まったく、いつまでも敵わない。
そう言ってステラの腰に手を回して真上に抱き上げた。
驚いてネイサンの肩に手をつくと面白がってくるくると回るから、頭を抱え込むように抱きついてしまう。
ひとしきり笑って、止まって、それでも離さないで抱かれたまま。
上がった息が落ち着くのを待って、名前を呼ばれる。
ネイサンの目には抱き上げたステラと、その後ろにきらめく星々が映る。
「――私に必要なのは、星だけだ。これから先も、ずっと」
そう言ってそっと抱きおろしてステラの額に口付ける。
ステラは自分を見降ろすネイサンの頬に手を当てて、耳の脇に指を滑らせて引き寄せた。
流れ星のようにもう一度降ってきた唇は、今度は頬に落ちる。
目を焼いてしまう陽の光ではなく、満ち欠けて惑わす月でもなく。
いつも静かにそこにある、小さな星。
「こんな星が手に入るのなら『黒伯爵』も悪くない」
そう言って今度こそ、唇が重なった。
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