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家族全員が乗った車内。
久しぶりに私が外に出るので、お母さんも上機嫌だ。
「やっぱりこの服はあなたに合うと思った」
真新しい青いベルベットの衣装を着けた私の肩を叩く。
どんな夜会服でも下に着けるコルセットがきついから嫌だ。
傍らの姉も笑顔で付け加える。
「私が着けてあげたオーキッドの香りにもよく映えるでしょ」
匂いに関わらず香水を着けるといつも鼻先が痛くなるから苦手。
父は真っ直ぐ行く手を見据えたまま告げる。
「今日の舞踏会には殿下もいらっしゃるから、お前たちはお目に留まるようにしっかりやるんだぞ」
と、その目がこちらに向けられた。
「伯爵家の娘にふさわしい振る舞いをするんだ」
眼差しにも、声にも、静かだが、今までそうして来なかったことに対する非難と叱責が強く滲んでいる。
母と姉の視線にも同様の色が現れ始めた。
「はい」
六個の目に囲まれた私は頷いて俯くしかない。
本当のところは、伯爵令嬢として社交界に出入りするなんて気詰まりでしかないのに。
きついコルセットの上に堅苦しいドレスを着て舞踏会でオーケストラの演奏に合わせてどれも似たような男と次々踊るなんて、心身共に疲れるだけの退屈な苦役なのに。
私の生活なんか、優雅な着物を纏って琴の音色に耳を傾けながら筆を取って短い詩を詠む古の東洋のロマンティックさには遠く及ばない。
何とかやり過ごして、帰ったら、あのラノベの続きを読もう。
エキゾチックな異世界の悪役令嬢に転生して、最後には幸せを掴むであろうヒロインの物語の続きを。
祈るような気持ちで、私はリムジンの窓越しの星空を見上げた。(了)
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