知らない世界がそこに【お題:横、学校、ペンギン】

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(とりあえず、いったん帰るか……)  徹夜組のもう一方、沖野の仕事には、なんとかめどがついた。沖野は一度小さく伸びをして、パソコンの電源を落としにかかる。  熊さんの席からは、まだマウスの音がする。 「熊さん、俺、そろそろ上がります」 「んー」  挨拶がてら、モニタ越しに向かいを覗くと、カチカチ、マウスの音と一緒に熊さんが答えた。目は画面から動かさず、また、カチカチ。 「熊さんのやってる案件、なんですか?」 「んー。今日納期の、16pもんの会社案内。あと居酒屋の改訂メニューと、A4のペラもんふたつあるけど。いいの? そんなこと聞くと手伝わせちゃうよ」 「うわ。すいません、帰ります帰ります」 「冗談だよ」  熊さんはのんびり言う。カチカチ。  気が変わらないうちに帰るぞと、沖野は出入り口に向かいかけたが、 「沖野、ごめん。今すぐ帰りたい?」  熊さんが呼びかけてきた。  沖野はぎくりとその場に固まり、ロボットのようにぎこちなく振り返る。 「え、えっと、その……や、やっぱ手伝います?」 「あー違う違う。そうじゃないけど、ちょっと疲れたんで気分転換したくてさ。急いでなかったら、5分だけ話し相手してもらえん?」 「……ああ、いいですよ」  それくらいなら、よくあることだ。沖野はタイムカードをピッとやってから戻ってきて、熊さんの隣のデスクに腰を落ちつけた。  熊さんはひとつカチ、とやってから、マウスを離す。その手で眉間をごしごしこすり、ふうーと息を吐いて背もたれに身体を預けた。 「やー、助かるわ。いや実はさぁ、ちょっと変な体験しちゃってさ。誰かに話したいなと思ってたんだよね」 「え、え? なんですか、変な体験って。怪談ぽいやつっすか?」 「まあ、変な体験としか言えないんだよ。実はさぁ」  熊さんは真剣な顔になって、少し乗り出す。メガネの奥の小さい目がきらりと光った。
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