長雨の間に

1/10
前へ
/10ページ
次へ

長雨の間に

雨の日は地下鉄に乗って図書館に出掛ける。歩いて行ける市立図書館ではなくて、自転車でも億劫な県立図書館だ。 特に、そこでなければ読めない本があるわけではない。もっと言えば、図書館に用があるわけでもないのだけれど、朝から雨が降った平日には、必ず地下鉄に乗り込んだ。 私にとって、雨の日は暗くて、息苦しくて、退屈で……昼間に白く電気を点けることも、部屋いっぱいに干された洗濯物から放たれる湿気も、一軒家で一人、屋根を叩く雨音を聞くのも嫌だった。 結婚して四年。子供はなく、主人は私が働きに出ることを嫌った。それでも、主婦としてやらなければならないことは沢山あった。この家に来るまで両親と暮らし、大学も実家から通っていた私は、何もかも母に頼りきりで、日日の暮らしというものがどうやって成り立っているのかを知らなかった。 働きながら家事や育児をしている人が世の中にはこんなに居るのだから、私にも出来るものだと思っていた。けれど今は、そんなこと無理なんじゃないかと思っている。少なくとも私には無理だ。家事とは、とんだ重労働じゃないか!家の中を見回せばそれはいくらでも湧いてくるようで、尽きることがないように思われた。 母は今でもパートに出ている。それなのに、いつ行っても実家は私の家よりも片付いていて、母の言う“簡単なお昼ご飯”は、毎日二時間近く掛かる私の夕食よりおいしそうに見えた。 「こういうのは経験だから。あなたもお母さんくらいの年になれば、このぐらいの家事は熟せるようになっているものよ。お母さんなんて、新婚の頃はお味噌汁にお出汁を使うことも知らなかったのよ?」 そんな風に慰めてくれても、そうなれる気はしなかった。私が幼稚園の時、母がバザーの為に焼くクッキーやカップケーキは行列が出来るくらい人気だったし、私のお誕生日会に友達が集まるのは、母の作るケーキと、ラディッシュやオレンジの飾り切りで囲んだフライドチキン、それからおみやげにと配られるリンゴのマドレーヌが食べたいからだ。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加