第1話 消されたクランク・イン

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第1話 消されたクランク・イン

「おっ、今日はミーティングの日か」  クリアファイルを手に印刷室に現れたのは、副担任の五十嵐先生だった。 「ええ、臨時のね。先生も同席します?一応、『仮顧問』でしょ?」  僕が冗談めかして言うと、五十嵐先生は「今、忙しくてな」とファイルの中味をちらつかせながら言った。 「それにまだ、おまえしかいないじゃないか。後で手が空いたら様子を見に行くよ」  五十嵐先生は僕を軽くあしらうと、プリンターを動かし始めた。僕は仲間の姿がない『仮部室』で、残る二人の『仮部員』を手持ちぶさたのまま、待ち続けた。 「おう、悪い。遅くなっちまった」  刷り終えたプリントと共に五十嵐先生が姿を消して十分後、仲間の一人である木之内が姿を現した。 「話があるって、一体なんだよ」  僕が尋ねると、木之内は長い前髪を払って「まあ、そう焦るなよ。片瀬が来るまで待とうぜ」と言った。なんとなくいつもと違う木之内の雰囲気に胸騒ぎを覚えながら待っていると、やがてもう一人の仲間である片瀬が姿を現した。 「ごめんなさい、遅くなって」 片瀬は机とラックの間に小柄な体をおさめると、どこかしら緊張した面持ちで僕を見た。 「……で?なんだい、話したいことって」  僕があらためて問いを投げかけると、二人は一瞬、顔を見合わせた後、ほぼ同時に「実は」と言った。 「やめたいんだ、映画同好会を」  僕は意味が咄嗟に理解できず、「えっ」と絶句したまま無言で二人を見返した。 「誤解されると困るけど、嫌気がさしたわけじゃないんだ」  先に口を開いたのは、木之内の方だった。 「実は前にやってたバンドの仲間から、やっぱお前とじゃなきゃグルーブが合わないって言われて……俺も本気でバンドをやるとなったら両方は無理かなと思って、それで……」 「そっか、わかったよ。バンドを取るって決めたんだな?」  僕がやんわりとただすと木之内は「ごめん」と頭を下げた。 「あのね、私も本当は映画、作ってみたいし興味はずっとあるの。……でも、ずっと許してくれてた演劇部の副部長から、釘を刺されちゃったの」 「掛け持ちはするなって?」 「あなたはそのうち主役をやる子だと思うから、先のことを考えたら片手間は駄目だって」  僕は「そうか、わかったよ」と二人の顔を見ずに言った。なんとなく、こんなことになりそうな気はしていたのだ。これで部活動にかける僕の青春も、跡形もなく綺麗に消滅だ。  僕は鞄からハンディビデオカメラを出すと、撮るつもりだった映画のイメージカットをビュアーで再生した。一月前の木之内と片瀬が、喫茶店に見立てたこの部屋で会話を交わしている動画だ。本来なら三十分程度の作品になるはずだった映像。  僕は画面をライブラリに切り替えるとと、サムネイルにチェックを入れた。ボタンを押せばぼくたちの第一作は跡形もなく消える。だが、僕は散々迷った挙句、チェックボックスからマークを消した。なんだか自分を殺すようで実行するに忍びなかったのだ。 「おう、まだいたのか。……他の連中はどうしたんだ」  クリップボードを手に入ってきた五十嵐先生に、僕は今日付けで映画同好会が消えたことを打ち明けた。先生は一瞬、目を丸くした後「うーん」と言って腕組みをした。 「そりゃあ、一番したいことをするに越したことはないよなあ」  僕は頷いた。だから引き留めなかったのだ。 「まあ、悔しいだろうが、しょげていたって事態は変わらない。ここは気持ちを切り替えて「映画が一番」っていう仲間を新しく募るしかないな」 「そうなんでしょうね……」  僕は膝の上でカメラを持て余しつつ、ため息をついた。先生の励ましを有り難く思う半面、自分に何が足りなかったのだろうという問いを頭の中で転がしていた。 「ゆっくりでいいから、一度、今までのことをリセットしたらどうだ?去るものを追うより、頭をアップデートして新作の構想でも練った方が若者らしくていいと思うぞ」 「頭をアップデート、ですか」  僕は先生の言葉を反芻しつつ、さすが教師ってのは人を諭すことに長けてるな、と胸の内で皮肉っぽく呟いた。
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