第8話 幽霊だって信じないくらいの悪夢

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第8話 幽霊だって信じないくらいの悪夢

「父は元々、脳科学者だったんだけど、ある時期から人間の『夢』を可視化するっていう研究に取りつかれてしまったの。それで大学を辞めて海外で在野の研究者になったんだけど、それが父に『アップデーター』の存在を気づかせるきっかけになったの」  杏沙の話は相変わらずちんぷんかんぷんだった。それでも侵略者がこの街を狙っているという話には、耳を傾けずにはいられない吸引力があった。 「ある時、特殊な方法で複数の人間の『夢』をCG化した際に、『夢』の中味が全く同じだった人たちがいて、その内容が「侵略者が人間の意識を乗っ取った時の記憶」だったの。 「つまり妄想を共有してたってこと?」 「普通に考えればね。でもその『夢』は実際に被験者の身に起こったことだったのよ。侵略者『アップデーター』は街のどこかにある『アップデートポイント』に人間を連れて行き、侵略担当の『アップデーター』の意識を人間の脳に送りこむの。  身体から弾きだされたオリジナルの意識――つまり『幽霊』――は特殊なチップに移され『アップデーター』たちがどこかに設けた保存場所に集められるの」 「それで?他人の身体を乗っ取った『アップデーター』は、その身体で何をするわけ?」 「乗っ取った人間の身体を少しづつ、自分たちが住みやすいようにアップデートしていくっていうのが目的よ。そしてアップデートが完了したら、どこかにいる本体を捨てて、人類の身体を元にした新たな『アップデーター』という種になる……という事みたいね」 「いったい『アップデーター』ってのはなんなんだい。宇宙人?」 「そうかもね。地球、あるいは地球外のどこかから来た精神寄生能力を持つ存在よ」 「本体ってのは何なのかな。動物?それともウィルスみたいなもの?」  僕が尋ねると杏沙は急に眉を寄せ、首を横に振った。 「それもわかっていないの。わかっているのは『アップデーター』が弾きだした人間の意識を消さずに保管しているってこと。おそらく、乗っ取った身体に不測の事態が起きた時のための保険みたいなものだと思うわ」 「それが今の僕らってわけか」 「そう。集められたオリジナルの『意識』は、この街のどこかで『アップデーター』が作ったいつわりの現実を生きているの。彼らは今も侵略者のこしらえた夢を、現実だと信じているはずよ」 「ふうん……僕らはたまたま、そこから外に出られたラッキーな『意識』ってわけだ。そう考えると『幽霊』でいられる間がチャンスだっていう君の話も、わからなくはないな」  僕はつとめて冷静なふりを装いながら言った。本当はどきどきしていたのだけれど。 「この街には、乗っ取られてしまった人と、まだ乗っ取られていない人とがいるわ。私たちはこれから『仮の身体』を操って侵略者と戦い、自分の身体を取り戻さなきゃならない」 「なんだい、その『仮の身体』ってのは」 「父の一番弟子だった人が開発した、『幽霊』の意識が乗り移れる疑似生命『ジェル』のことよ。そしてわたしたちそっくりのアンドロイドを造り、頭部に『ジェル』として乗り込むの。つまり「自分自身を操縦する」ってわけ」 「そのアンドロイドってのは、誰が作るのさ」 「父の弟子がいる研究所には、データさえあれば自動的に自分そっくりのアンドロイドを設計し、組み立ててくれる装置があるわ。わたしたちはとりあえず『幽霊』の状態で研究所へ行って『ジェル』に乗り移る。それから装置を動かしてアンドロイドを完成させるの」 「うまく行くのかな」 「行かせなきゃ、この街はおしまいよ。アンドロイドは生身の人間と区別がつかないはずだし、なんとかして本物の私たちに近づいて、侵略者から自分の身体を取り戻すのよ」 「でもそうなると、この街には僕と君の顔を持った人間が二人づつ、いることになるぜ」 「だから怪しまれないよう、『アップデーター』たちと顔を合わせないようにしなくちゃいけないわ。万が一、侵略者たちに怪しまれたら『仮の身体』を破壊され、また意識をチップの中に戻されてしまう。そうなったらもう二度と、元の身体に戻ることはできないわ」  険しい表情で『アップデーター』たちと戦う決意を語る杏沙は、妙に大人びて見えた。 「わかった、それじゃ僕もその『研究所』とやらに行くよ。ここからは遠いのかい?」 「詳しい場所は私もよく知らないわ。遠いかもしれない……でも」  杏沙はそこまで言うと、いったん言葉を切った。 「――『幽霊』に距離は関係ないわ。正確な場所を調べて、とにかく早く行きましょう」
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