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第15話 里帰りは半透明の姿で
「研究所があるのは光が森地区……かつて高級住宅地だった場所ね。今は高齢化が進んで奥へ行くほど住宅はまばらになっているみたい」
すっかりアジト代わりになってしまった美術館の収蔵室で、杏沙が言った。
「五瀬さんっていう人は、今もそこに住んでいるのかな」
「わからないわ。ただ四家さんの記憶を探った感じだと、彼女が五瀬さんを訪ねたのはそう昔のことでもないみたい」
「もしこの姿で『歩いて』行くとしたらどのくらいかかるかな」
「そうねえ、半日はかかるでしょうね。……今日のところはどこかで休むことにして、明日の朝早く、出かけましょう」
「だったら行く前に一度、家に行ってみたいんだけど」
僕は少し前から思っていたことを、恐る恐る口にした。何言ってんの?と軽くあしらわれるかと思いきや、意外にも杏沙の答えは「別に構わないわよ」だった。
「いいのかい?『偽の僕』――アップデーターだっているんだぜ?」
「この先は、どこへ行ってもいるわ。これから重要なミッションをこなすんだから、心残りは無くしていった方がいいんじゃない?」
「君はどうする?どこかで待ってるかい?」
「そうねえ、ちょっと見てみたい気もするかな、真咲君のご家族とお家」
「くれぐれも『偽の僕』に気づかれないようにしてくれよ。僕の知らない『武器』を持っていないとも限らないからね」
「大丈夫よ。それなりに場数は踏んでるつもり。さあ、そうと決まったら先に今夜の宿を探さなきゃね」
杏沙はそう言うと、ぽんと床を蹴って収蔵室の壁から外に出ていった。後を追うと、杏沙は美術館のすぐ傍にあるバス停の前に浮かんでいた。
「この『光が森十丁目』っていう停留所の近くよ、目的地は」
杏沙は遅れてやってきた僕に、バス停の路線図を目で示しながら言った。
「僕の家はこの下の方……『平畑七丁目』っていう停留所の近くだ。ここからはちょっとあるな。明日の朝、早く行ってみよう」
「じゃあ宿はその近くにしましょう。どこかいい場所、ある?」
杏沙に問われ、僕はうーんと首をひねった。ひと晩の間、人が入ってこないような場所といったら……そうだ。
「うちのすぐ近くに児童会館があるよ。確か夜になったら鍵を閉めて無人になるはずだから、朝早く出るんならそこがもってこいだと思うよ」
「児童会館か。悪くないわね。この姿じゃベッドも必要ないし」
「すぐ近くの公園から見ていれば、いつ門を閉めるのかもわかるよ。行ってみようぜ」
杏沙が頷くのを確かめた僕は、いままでとは逆に杏沙を先導する形で移動を始めた。
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