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第2話 幻のロケーション
僕の名は真咲新吾。中学二年生だ。
両親が公務員というちょっとばかり堅めの家に生まれ、優秀な兄と芸術家肌の妹に挟まれて育ったごく平凡な少年だ。
そんな何のとりえもない僕が、新しくクラスの副担任になった五十嵐先生が口にした「好きな部活がないなら、作ってしまえよ」という言葉を真に受けて立ち上げたのが『映画同好会』だった。
僕が会員候補として声をかけたのは、バンドを解散して暇を持て余していたクラスメートの木ノ内と、一年生の時、学園祭で早くも役を掴んでいた演劇部の片瀬だった。
幸い二人からの反応はよく、たった三人の同好会だったが、僕は意気揚々と二人をイメージした作品作りに取り掛かった。
正規の部活ではないので予算はなく、機材は親せきから譲ってもらった古いハンディビデオカメラ一台、部室は印刷室を間借り、顧問は五十嵐先生を口説いて請け負ってもらうといった、万事において「借り物」の活動だった。
撮影スケジュールも碌に立たない中、僕は脚本を書いて学校内をロケ地に見立てたイメージ映像を撮り始めた。そのうち理解者が増え、半年後には立派な作品が出来上がるはず――そんな妄想で僕の頭は一杯だった。……ほんの一時間前、二人の決意を聞くまでは。
※
――この通りを泣きながら走る片瀬を、自転車で撮影するはずだったのにな。
花屋や靴屋など生活の匂いがする店が軒を並べる一角で、僕は意味のないロケハンを続けていた。映画を作って学園祭で披露し、華々しくデビューするという夢が潰えた今、僕はぽっかりと空いた時間を公園や神社、商店街といったロケ地として使う予定だった場所を訪ね歩くことで潰していたのだった。
――そういえば、このお店のご主人にも謝らなくちゃいけないな。
パン屋の隣にひっそりと佇む喫茶店の前で、僕はふと切ない思いにかられて足を止めた。
一週間ほど前、この店のたたずまいが気に入った僕はどうしてもロケをさせて欲しくて、年配のマスターに跳びこみで直談判をしに行ったのだ。
熱い思いを秘めつつ謙虚に頼んだのが良かったのか、結果的に大人の人が同伴するならという条件付きで快い返事を貰い、僕はたちまち有頂天になった。
それから今日までの毎日、僕は片瀬や木ノ内が中で語らっている様子を思い描きながら、浮かれた気分で店の間を行き来していたのだ。
――きっと、周りからは映画監督気取りの滑稽な中学生に見えてたんだろうな。
「すみません、撮影は中止になりました」という不本意な一言を告げるため、僕は気乗りがしないまま店のドアをくぐった。カウンターの中で忙しく立ち働く店主と目があった瞬間、僕は自分でも情けなくなるほど物悲しい笑顔をこしらえていた。
「どうしたねカントクさん。いくら名監督でも、学校帰りの寄り道ならお断りだよ」
廃部のショックから立ち直れない僕は、マスターの軽口にも苦笑いでしか返すことができなかった。
「……実は映画同好会が活動停止になりそうなんです」
僕の表情から冗談ではないことを察したのだろう、マスターは笑顔をひっこめた。
「そりゃあ大変だったね。……で、なんでまた?」
「三人しかいない同好会員のうち、二人がいきなり辞めたいって言いだしたんです」
「そりゃずい分と急な話だね」
「他にやりたいことがあるなんて言われたら、引き留めようがないじゃないですか」
僕がふてくされ気味にぼやくと、マスターが宥めるように「それも青春だよ」と言った。
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