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第7話 盗まれる街と僕らの奪回作戦(1)
「幽霊になっていい事の一つは、普段は入れない場所に堂々と入れるってことね」
杏沙は大きな箱が並ぶ棚にもたれ、得意げに言った。彼女に連れてこられたのは何と、美術館の収蔵庫だった。
「たしかに許可を貰わなきゃ入れない場所ではあるけどさ、こんな所が落ち着くわけ?」
「私はね。喫茶店も美術館も、『身体』があった時はよく行ったわ。その頃の気持ちを忘れたくないから、同じ場所に行って同じように過ごしてみるんだけど……だめね」
「だめって、なにがだめなんだい」
「どこにでも入れる代わりに、誰も私のことを客だと認めてくれない。やっぱりこのままじゃだめ、『身体』を取り戻さないと……そう思ってたらあなたがあらわれたの」
「僕が……じゃあ今までは『幽霊』の仲間は一人もいなかったってこと?」
「そう。随分あちこち探し回ったけど、あなた以外には見つけられなかった」
僕はほんの少しうきうきしている自分に気がついた。あなただけ、なんて冴えない中学生男子からすると、めったに聞けない気分のいいフレーズだ。
「僕は時美町に住んでる。君は?」
「私は風見坂のあたりよ。……もっとも、今住んでるのは『偽物』たちだけど」
「僕と一緒だ……」
「あなたも『身体』を乗っ取られたのね?よかったら詳しく聞かせて」
杏沙が身を乗り出し、僕は今朝、目覚めてから今までのことをかいつまんで話した。
「ふうん……話を聞いた感じじゃ、まだあなた以外の家族は『本物』のようね。逆に言えば偽のあなたは家族にもばれないくらい、あなたになり切ってるってことになるわ」
「……ってことは、やっぱりあの『僕』は本物の僕の身体なんだね?誰かが整形手術で僕に成りすましてるわけじゃなかったんだ」
「たぶんね。別人の可能性もあるけど、十中八九『アップデーター』と考えていいと思う」
「よかった。てっきりもう死体になって、どこかに捨てられているとばかり思っていたよ」
「私の場合もそうだけど、『アップデーター』は標的の身体から意識を追いだして、空になった入れ物に入り込むの。そしてその人物の特徴をあっという間に覚えてしまうってわけ」
「じゃあ、家族とやり取りしてたのはその『アップデーター』なんだな。……いったい、何者なんだその『アップデーター』っていうのは」
僕が畳みかけると、杏沙は「詳しいことは私にもわからないわ」と肩をすくめた。
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