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第13話【買い物】
「今回もハドラーが忙しくて一緒に行けないなんて残念だねー」
「ん? あ、ああ。そうだね。でもサラさんが付いてきてくれるから大丈夫だよ」
私とセシルは今セシルの新しい装備を買いに来ている。
気付けばセシルもレベル55、いわゆる中堅で装備も店売りで揃えるのは難しい。
正確に言えば難しいだけで買えはするけど、値段と性能が見合わないのだ。
このくらいのレベルになれば、露店で買う方が安いしずっといい物が手に入る。
ということでセシルの装備を揃えるために、露店が立ち並ぶ広場に行くことにしたのだ。
一人では何を買えばいいか分からないから付いてきて欲しい、と言われたのがちょっと嬉しかった。
「ねぇ。さっきからなんでちょくちょく立つ位置変えてるの?」
「え? ああ、サラさんが道側に立たないようにって」
どういうことだろう?
よく意味がわからなかったので、これ以上深く突っ込まないことにした。
「さーて。探すよー。とにかく数が多いから、お互い探して、良さそうなの見つけたら連絡しようか」
「え? ああ、うん。分かったよ。サラさん」
広場に到着し張り切る私だったが、何故か当の本人であるセシルは少し不服そうだ。
何が不満なのだと言うのだろう。
「あー、これなんかいいかも。あ、こっちもいいね」
とりあえず手当り次第に露店のリストを開いていく。
全露店で何がいくらで売っているか、というのが見えたりするシステムを望む声もあるけれど、こうやって一つずつ覗く方が、フリーマーケットを歩いているみたいで私は好きだ。
たまに掘り出し物が見つかったり、逆に相場の何倍も高い値段で売ってたり。
買い物ひとつ取っても知識と経験が必要になる、面白いシステムだと思う。
「あ。セシルもなにか見つけたみたい。あっちみたいだね」
セシルから通知が来たので、私は教えてもらった広場の西の方に行く。
私を見つけたセシルは見つけやすいように腕を上げて大きく振ってくれた。顔はドッグスマイルだ。
「サラさん! ここ、ここ!」
「何を見つけたの? セシル」
「これなんだけど……どうかな?」
「え!? うそっ! 買って!! 早く!!」
セシルが見つけたのは【主神オーディンの槍】。
しかもレジェンドの付与付き。
このゲームはドロップアイテムのみ、ノーマル、レア、エピック、レジェンド、ゴッドと付与が付くことがある。
それぞれ白、青、紫、黄、赤と名称の色が変わるから一目で分かるようになっている。
後ろに行くほどレアリティ、つまり希少性が上がり、付与される数も効果も多くなる仕様だ。
レアリティが高く、かつ有用な付与が付いている装備は、一つや二つくらい上の装備を遥かに凌駕する。
この【主神オーディンの槍】は装備可能レベル55以上で、ギリギリ装備できる。
さらに付与も良い。なのに値段はこの価値に比べると破格と言っていい。
転売もできるレベルの安さとすぐに買い手が着くほどの性能。
これを買わないわけがない。装備できない私が見つけても買ってしまうかもしれない。
「とりあえず買ったよ。これでくそ……ユースケの剣の売れた分はすっからかん。でもいい買い物だった?」
「とんでもない掘り出し物だよ!! よく見つけれたね!! あ、でも。防具を買うお金が無くなっちゃったのか」
「うーん、しょうがないよね。サラさんおすすめのこの武器を買えただけで満足! 見て見て! 綺麗だよ!」
「あはは。じゃあ、頑張ってお金貯めて防具も買おうね」
セシルがあまりに嬉しそうに、黄色に輝くエフェクトが付いた武器を見せながら笑顔を作るので、こちらも釣られて笑ってしまった。
なんだろう。セシルと出会ってからこんなにも自然に笑顔が、笑いが出来るなんて気付かされた気がする。
この人と出会えて本当に良かった。
おかげで最近は現実の方も張合いが出てきた。
この前は提出したレポートの出来がいいと授業中に教授に褒められた。
ゲームも授業も頑張ろうと言う気になれたおかげだ。
「ねぇ。セシル。ありがとうね」
「うん? なに? 突然」
「ううん。なんでもないの」
私は首を横に振る。
セシルは不思議そうな顔をして、それがおかしてくてまた私は笑った。
☆
「ふぅ……今日も楽しかったなぁ」
私ははめていたヘッドギアを外すと、続いて付けていたコンタクトレンズを外し、眼鏡をかけた。
このゲームはすごい没入感だけれど、眼鏡をしたまま出来ないのが難点だ。
ゲーム機が置かれた以外は殺風景な部屋。
それが今私が住んでいる、大学から徒歩5分にあるアパートだ。
ふと携帯端末の通知に目をやる。
以前はあれほど埋め尽くされていたユースケからの命令メールも今はひとつもない。
全て消してしまったし、アドレスを変え番号も変更したからもう煩わされることは無いだろう。
人伝に聞いたのは、あの後ユースケは【マルメリア・オンライン】を辞めたんだとか。
どうやらクランの元メンバー、私の代わりに入った人に酷い誹謗中傷を中でも外でも書かれたという。
それがなくても、資産も無くなり武器も失ったのではユースケの性格では再起するのは無理だったろう。
今は別のオンラインゲームに手を出しては、上手くいかずに止めるの繰り返し。
更に私に今までしてきたことを共通の友人に話したらしく、逆に絶交されたとかも。
昔の私だったら擁護していただろうか。
今となってはもうどうでもいい存在になってしまった。
「さぁ。さっさと課題を終わらせて、またインしようかな!」
私は目の前の様々な有機化合物の構造が書かれた紙に、おもむろにペンを走らせていった。
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