グッド・ファザー、グッド・マザー

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グッド・ファザー、グッド・マザー

 どさどさどさどさ、と大量に受付に落とされる手紙、手紙、手紙。惑星国家、イクス・ガイア人として生を受けた少年ロイは、そのあまりの数にぽかんと口を開けるしかない。  この惑星は、星まるごとがひとつの国として機能している。人口約十億人。生命体の住む惑星の中では極めて小規模な惑星、人口とされている。首都アメルダシティには政府の本部があり、ロイもまた十五歳という年齢にして公務員として働く一人であった。配属部署は研究部。これでも科学者である。今日は新しい機材の申請をしに、受付までやってきたのだが。 「……なぁにあれぇ?」  思わず素っ頓狂な声を上げて、隣の受付をみてしまうロイ。するとロイの書類に目を通していた総務部のシノアが、ちらりとそちらを見て苦笑した。ちなみに、ロイとシノアは遠い親戚にあたる。本人としては親戚といより、昔からの幼馴染に近い関係だった。この惑星では十二歳で義務教育が終了するので、本人が希望すれば卒業と同時に公務員試験を受けることも可能だ。シノアもロイと同い年の少女だが、既に数年総務部で仕事をこなしている敏腕女史だった。 「あれ……申請書類の類とかじゃないよな?だって部署内部の一部古臭い申請書以外は、みんなネットで送れる時代だもんな?……あんな量の紙の……手紙?俺生まれて始めて見たんですけど」 「あら、ロイは見たことなかったんですね。最近の名物なんですよ」 「め、名物?」 「そう」  シノアはどこか憐れみをこめた目で、散らばった手紙を一生懸命片付ける同僚たちを見つめている。ぱっと見ただけでも、三桁以上の枚数があるのは明白だった。最近の名物、ということはこれが送られてくるのは今日が初めてではないということである。 「ロックハート教授への、個人的なパートナー申し込みのお手紙です。つまりラブレターです。確かにあの方は有能ですしとっても可愛い見た目してますけど……まだ十四歳の教授の職場に、どうしてこうも非常識な手紙が大量に郵送されてくるんでしょうかねえ……」 「うへぇ……」  パートナー――大昔ならその呼び名は“夫婦”だとか“恋人”だと呼ばれたことだろう。  かつてイクス・ガイアという惑星には、明確に男女の違いがあった。男性は子供を産ませる能力しか持たず、女性は子供を産む能力しか持たず、そして子孫を繁栄させるためには性的交渉なるものを行わなければいけない、という。  だが、数百年、数千年、数万年もの時間をかけ、この惑星の民はより効率的に子孫を増やしていけるように進化を遂げたのだった。  見た目の上には、自分達の間に男女の差は残っている。シノアは女性に見えるし、ロイは男性に見えるだろう。胸が膨らんでいるのは女性だけであるし、筋骨隆々とした外見はやは男性の方が多い。精神的にも、男性に見える者と女性に見える者には大きな差があることがわかっている。  だが、今の自分達は、大昔とは決定的に違う。  何故なら今のガイアの民は、外見上の性別がどちらであったとしても子供を産むことができるからだ。そして、性的交渉というものを必要としない。唾液や血液などの“パートナー”の体液を摂取し、遺伝子情報を取り込むところで妊娠することができるからだ。全員が子宮と膣を持っているが、卵巣はない。そして必要がなくなった男性器は、誰ひとり持っている者がいない。  パートナーとして結ばれた外見上の男女、男男、女女。どんな組み合わせであっても子供はできるし、どちらが子供を産むのかは相談して決めることが可能だ。さらに今の自分達は、感情よりも相手の能力でパートナーを決める傾向にある。  ロックハート教授――ロックハートラボのリーダーであるベティ・ロックハートという若干十四歳の少年科学者が。こうも大量の申し込みを受けるほど人気があるのは、つまりそういうことなのだった。誰もが彼の、優秀な才能と遺伝子を欲しがっているのである。法律の上では、パートナー契約=遺伝子交換をして子供を産むことが許されるのは、二十歳を超えてからになるというのに。 「……確かに、ロックハート教授って研究バカだから、家に帰らないでほとんどラボに寝泊りしてるって話だけどさあ。だからっていろんな意味で非常識すぎね?あれ、総務で全部処理すんのかよ……仕事増えちゃって可哀想に」  ロイがげんなりして呟くと、シノアもそうですね、と頷いた。 「まあ、最近増えた理由はわからないでもないですけどね。……もうすぐ世界が滅ぶ、なんて。人気の占い師が、余計なこと言うからみんなパニックになるんですよ」
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