グッド・ファザー、グッド・マザー

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「お父さん、になったら。子供を産む苦しみは味あわないで済むだろ。でも、母親と比べると遺伝できる能力や魔力が少なくなるってのは研究結果から見ても明らかだ。……自分の能力があまり子供に引き継がれないかもしれないのに、それでも“父親になりたい”って他人にパートナーを申し込む奴らはさ。何をそんな、魅力に感じてるのかなって」 「ロイは、“お父さん”にはなりたくないんです?」 「ない、っていうよりさ。母親と子供に比べて、父親と子供って関係が希薄な気がしちゃうんだよなあ……」  今は、ガイアの民は交尾をしなくても子供を作れる。つまり、大昔に“性欲”と呼ばれていたものがほとんど存在しないため、パートナー契約を結んだ夫婦が“不倫”するケースは格段に減ったとされていた。  そう、わかっているのだ。契約したパートナーが、他のガイア人と子を作るなんてことをしてもさほど大きな意味はないということくらいは。  それでも、父親になった者は常に疑ってしまうのではないか。  この子は本当に自分の子か。母親は本当に自分を裏切っていないか。  母親と比べて継いで貰える能力が少ないということはつまり、容姿も母親似になりやすいということである。父親は子育てをしながらずっと、この子が本当に自分の子ではないかと不安に思いながら生きていかなければならないのではなかろうか。 「シノとパートナーになって、子供作るってなった時……俺とシノのどっちが子供を産むのかってのはまだわかんないし相談もしてないけどさ。どっちが産んでもいい、って考えた途端悩むことないか?一体、どっちが子供を産むのが正解なのか。どっちが産んで、どっちがパートナーが働けない間働いて家計を支える“お父さん”になるべきなのか……っていう」  特に、自分とシノアの場合は部署こそ違えど給料に大きく差があるわけでもないからややこしいのである。  妊娠した状態でも長く働けそうなのは、座り仕事の多いシノアの方だろう。ロイが妊娠したら、場合によっては広いラボの中をあっちにこっちにと走り回ることになるため、早いうちから産休を取らなければならなくなりそうである。  ただ、ロイの研究内容を引き継いでくれる理系の子供が生まれるかもしれないというのなら、長い目で見て技術を残していくべきなのはこっちの方だ。それを考えると、総務部のシノアよりロイが子供を産んで、そちらの素質を生かしていった方がいいのかもしれないとは思っている。 ――昔の人は、楽だったんだろうなあ。だって、子供を産めるのが女の人だけって決まってたんだから、悩む必要なんかなかっただろうし。 「……確かに。お母さんになると、子供を産む苦しみを一手に引き受けることにはなりますが……お父さんにはお父さんの、苦しみや悩みもきっとあるんでしょうね」  うむ、と。シノアは頷いて――やがて。 「だったら私。今の時代のガイアの民に生まれて、本当に良かったと思います」 「え?」 「だってそうじゃないですか。私とロイで合計二人子供を作れば、お父さんの立場とお母さんの立場を両方経験できるでしょう?そうしたら、お互いの辛いことや不安をきちんとわかりあえると思うんです。産みの苦しみ、我が子への不安、家計の心配。……女の人だけが子供を産むしかできなかった時代には、けしてできなかったことだと思いませんか」  二人。その発想は、なかった。ぽかんとするロイに彼女は悟ったのだろう。ロイって頭いいのに、時々馬鹿ですよね、なんてけらけらと笑っている。 「私達は、宇宙一幸せな種族です。良いお父さんにも良いお母さんにもなれる。だから、見た目の性別を超えてお互いの最大の理解者になれるんです。……一緒に頑張りましょうよ、ロイ。今はまだ私達結婚できる年じゃないですから、今やるべきはその時のためにお金をためるくらいのことですけど」 「シノ……」  時々やってくる他の惑星の住人たち。仕事柄、何度も異星人の営業マンや高官を目にすることはあるのだが。  彼らの多くは決まって同じことを言うのだ。男も女も子供を産む種族なんて変わっている。男女の役割分担がはっきりしないなんてナンセンスだ。男が子供を産むなんて奇妙だとしか思えない――と。  自分達にとっては当たり前の常識。それをおかしいと思ったことは一度もない。ただ、他の惑星の住人達にそんなことを何度も言われてしまうと、少しだけ引け目のようなものを感じるのも事実なのだ。ガイアの民の生殖システムはそんなにおかしいものなのか。どうして、男と女で子供を産んだり仕事をしたりと大きな区別をつけなければいけないのか――と。  珍しいと言われるたび、少しだけこの惑星の“非常識”が嫌になってしまうことも、ないわけではなかったのである。それなのに。 「……宇宙一、幸せな種族、か」  男も女も、同じ役割を担うことができる。  良いお父さんに、お母さんになることができる。だからお互いがお互いの気持ちを、真に理解することもできるのだと。  考えたこともなかったが――それはひょっとしたら最高に幸せで、素敵な結論であるのかもしれなかった。 「……そっか、そうかもな。じゃあ」 「はい?」 「じゃあ。俺らもそうするか。俺がお父さんと母さんになって、シノもお父さんとお母さんをやる。俺、もっともっとシノのこと知りたいし……良い理解者ってやつになりたいからさ。それが、本当のパートナーだと思うから」
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