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"のあ"狙われる!
「のあが来た!」
人混みの中から誰かが大声で叫んだ。するとまるで、あらかじめ決められていたかのように人垣がザザーっと円を十重二十重に描くように広がった。その中心に銀色のマントを羽織った少女が片膝をついてポーズを取っている。
「おお、今年は『宇宙少女ソラ』だっ」
「さすが美月のあ、かっけー!」
そんなざわめきとともに、人垣の円の中心にいる『宇宙少女ソラ』に向けられたカメラのシャッター音が、まるで音楽のように鳴り止まない。
今、巷で絶大な人気の少女向けアニメ「宇宙少女ソラ」の戦闘服をまとい、銀色の髪をした「美月のあ」が輪の中心でスッと立ち上がるだけで再びシャッター音が鳴り止まなくなる。いろんな方向から「のあちゃん、目線ちょうだーい」と声がかかり、「美月のあ」はポーズをとりながらカメラへのサービスに余念がないのだ。
ご存知のようにコミケブームはすっかり社会に定着し、ここ江戸川ビッグアーチで毎年開かれるコミケも大変な盛り上がりとなっていた。そして会場外にはここぞとばかりにさまざまなコスプレイヤーたちが集まってくるのだが、「美月のあ」はその中でもとびきりの人気を誇るコスプレイヤーである。年齢や本名は明かされていないが、ほぼ完璧に近いコスプレと大きな瞳の愛くるしい笑顔が人気であり、非公式ではあるがファンクラブも存在する。
さて、「美月のあ」が観客たちに頼まれてツーショット写真などを撮影していたときのことだ。「のあ」を取り囲む群衆の中から眼鏡をかけ、まだ暑い季節だというのに長袖のジャンパーを着た中年の男が、じわじわと近づいてゆく。右手はポケットに差し込まれたままだ。そして、「のあ」まであと2メートルとなったところでいきなり右手をポケットから引き抜いたのだ。
男の右手には刃渡り20センチほどのナイフが握られていた。「美月のあ」と写真を撮っていた女の子がまずそれに気がついた。
「キャー!」
女の子の叫び声が響き、周りの人垣も男のナイフに気がついた。慌てて逃げ惑う群衆にナイフを振り回しながら、一気に男が美月のあに駆け寄るように、手にしたナイフで切りかかったのだ。
誰もが最悪の状況を頭によぎらせたであろうその瞬間、宇宙少女ソラのマントが翻り男のナイフを寸前でかわすと、その右手を取りながら宇宙少女の体が沈み込むと男の体が高く宙を舞い、そしてそのまま地面に叩きつけられたのだ。
宇宙少女は男の体をうつ伏せに制圧すると、その右手を後ろ手に捻り上げてナイフを取り上げた。そしてバサッとマントを翻しながら自分の後ろの腰に右手を回すとなぜか「手錠」を手にして男の手にその手錠をかけて言ったのだ。
「あなたを殺人未遂の現行犯で逮捕します」
あまりに突然のことで周りは最初は何が起こったのかわからずただ唖然としていたが、そのうちパラパラと拍手が起こり、そのうちに拍手は大きな波となって会場中に響いた。
「さすがのあ、演出も憎いよ」
付近にいた人たちはそれが美月のあの演出だと思ったらしい。のあも気をよくして犯人を取り押さえたまま写真に収まっていたのだった。
そうこうしているうちに、現場には自転車で警察官が駆けつけた。そして男を取り押さえている宇宙少女に近づいて尋ねた。
「君は何者だ? 君が暴行犯じゃないだろうな」
すると宇宙少女ソラは再び体の後ろに手を回したかと思うと、背中のポーチから黒い手帳を取り出し、
「宇宙少女ソラこと東江戸川署生活安全三課日暮警部補、またの名を美月のあ、ただいま犯人を取り押さえました」
と警察官に大見得を切ったのだ。
警部補を名乗られ対応に困った巡査を後目に、再び観衆から大きな拍手が起き、宇宙少女ソラはまた写真用のポーズに戻ったのだった。
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