彼女の素顔

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先輩にも奥さんにも、このことは伝えていない。 心配をかけたくなかったということと、いきなり出て行ってしまった結子に気持ちが離れかけていたこともあった。  それでも俊樹は、スキンケアを作ることは止めなかった。 「未練なのか、それとも意地なのか・・・」 それとも帰ると、いつかは『おかえり』と迎えてくれる日が来るのを楽観しているのか。 決して広いとは言えない住まいなのに、一人だとまるで砂漠で遭難したようだった。 こうして数日が経ち、遂に世界でたった一つのスキンケアが完成する。 結子のことを考え、彼女のためだけに作り上げたそれが妙に空しく感じられた。 “これは世界でたった一つのスキンケアです。 よかったら使ってください” 俊樹はメッセージだけで、差出人は書かず結子に送り付けた。 それから連絡は一切取っていない。 結子は大学も休んでいる。 彼女の友達に聞いてみても『どうしているのか分からない』と言っていた。 ―――何をやってんだよ・・・! 結子が幸せなら、それでいいと思っていた。 だがそうではないなら話は別だ。 居ても立っても居られなくなった俊樹は、彼女の実家まで足を運んだ。 そう遠い場所ではないが、それでも電車を使う必要があるくらいの場所だ。 「・・・」 結子の実家は、郊外の住宅街の中にある平凡な一軒家。 静かで落ち着きを感じるそれを前に、俊樹は心を落ち着かせる。 勢いに任せて来てはみたものの、そのまま実家に突撃する程猪でもなかった。 「・・・どうして、俊樹がここに・・・」 背後から久しぶりに聞く声が届く。 見るとそこには、マスク姿の結子が紙袋を抱えて立っていた。 「どうしてじゃないよ。 何で大学へ行かないんだ? 俺のことを嫌いになっても、今までのことを無駄にしては駄目だよ」 「嫌いになんか、なるわけないじゃん・・・」 「え・・・? 何、今なんて?」 「・・・」 結子はボソリと呟き、それ以上は聞き返しても答えてくれなかった。 そのまましばらく沈黙が流れた。 「・・・俊樹は、化粧をしていると信用されていないような気がしたんだよね?」 結子はそう言うと、マスクを取った。 化粧のない初めての素顔、確かに肌は荒れているのかもしれない。 化粧をしている方が、客観的な評価は高いのかもしれない。  だけどそこには、本当の美しさがあるように思えた。 「・・・綺麗になったね」 「何それ、普通逆でしょ・・・?」 「結子は結子だよ。 化粧をしていても、していなくても、それは変わらないさ」 「・・・あのスキンケア、俊樹が送ってくれたんでしょ? 毎日使ってる。 私のためにって想いを、確かに感じたから」 「世界でたった一つ、結子のためだけに作り上げたんだ。 帰りが遅くなったのは、それを作っていたから」 医薬品でもないそれは、すぐのすぐに効果が表れるようなものではない。 ただ『毎日使っている』という言葉は嬉しかった。 「朱里(アカリ)さんに聞いたよ。 それで、全て誤解だって分かった」 “朱里”というのは、先輩の奥さんのことだ。 俊樹は秘密にしていたつもりだったが、どうやらバレていたらしい。 「なら、どうして戻ってこなかったんだ?」 「俊樹は全く悪くないのに、私は疑って酷いことを言ったの。 ・・・化粧を落とさなかった私が、原因だったのに」 「俺も上手く伝えられなかったから」 「これ・・・」 結子は言いながら、紙袋を差し出した。 中には依然見て、ずっとほしいと思っていたルアーが入っていた。 「え、これって・・・!」 「俊樹は私のために、世界でたった一つの贈り物をくれた。 だから私も、俊樹の本当にほしがっている物をあげたかったの。 全然売っていないから、かなり探してね。   それで今日謝りに行こうと思っていたら、俊樹が来ていてびっくりしちゃって」 離れている間も、自分のことを考えてくれていたことが本当に嬉しかった。 「これは世界でたった一つの贈り物じゃないけれど、喜んでもらえたなら嬉しい。 ・・・そして、ごめんなさい。 もう一度、貴方のもとへ戻ってもいいですか?」 不安気に見つめる瞳に、俊樹は即答していた。 「もちろんだよ! それに、凄く嬉しい! 僕の方こそごめんな。 そして、ありがとう。   ルアーは確かに世界でたった一つの贈り物ではないかもしれないけど、本当の世界でたった一つを取り戻すことができたから」                                                                   -END-
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