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「…泣いてた」
榊さんの長い指が慰めるように私の目の下をそっとぬぐった。
優しい指の感触が頬をくすぐる。
触れた指から優しさが浸透して、ささくれだった感覚神経を包み込んでなだめる。
「すみません、なんか、…昔の夢を見てたみたいで」
何気なさを装って、言い訳するようにつぶやくと、
「そうか」
榊さんは私の頭の上に手を置いて、ポンポン撫でた。
温かくて、大きくて、安心する。
私にとって榊さんは、直属の上司以上に特別な存在だ。
榊さんは。
榊さんも。
感情の匂いが視えない。
凪いだ海のような匂いがする。
包み込むように優しくて穏やかな、彼自身の匂いがする。
それは、
胸が痛くなるくらい切実で愛しい黎くんの匂いとは違うけれど、
呼吸することを許されているような心が落ち着く匂いで、
「傷口、痛む? 看護師さん呼ぼうか」
こんな人がずっとそばにいてくれたらいいのに、と願いたくなってしまう。
「痛くはないですけど、…」
言いながら頷くと、榊さんがナースコールを押してくれた。
「…そばにいるから」
低くセクシーな声を響かせて、私の頭を優しく撫でる榊さんの左手薬指には、
…指輪がある。
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