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シンデレラが曖昧ながらも前世の記憶の存在に気づいたのは、継母たちがこの屋敷に来た後に父が死に、立場が伯爵令嬢から継母たちに仕える小間使いへと転落してからだった。
それまでは問題なく生活できていたから、自分が異世界人だったなど知るよしもなかったのだ。
――もはや前世での自分の名前など忘れてしまった。どうして死んでしまったのかも。
ただ、義姉たちによる嫌がらせははるかとおい中学時代の陳腐なイジメを彷彿させた。
通常のお嬢様だったら虫やトカゲの死骸ひとつで悲鳴をあげるところだろうが、あいにくその程度のちゃちなものでは心が動かない。さすがに父親が買ってきてくれたドレスを切り刻まれたときは泣きたくなったが、舞踏会で王子様が自分を見初めてくれるという絵本の幸せな結末を知っている彼女は、無表情で切り抜けた。
――ドレスがダメになったって諦めない。魔法使いがきっと、助けてくれるから。
絵本『シンデレラ』の世界では王子様が花嫁を選ぶための舞踏会を開き、国中の乙女を呼び寄せている。案の定、舞踏会の招待状はシンデレラにも届けられた……けれどあっさり継母に破られた。
そしてふだんいじょうにたくさんの用事を言いつけられ、留守番する羽目になる。
とはいえシンデレラはまだ楽観的だった。このあと魔法使いが庭先に現れて、素敵な魔法をかけてくれるはずだと盲信的なまでに思いを募らせていたのだから。
だが、絵本『シンデレラ』の世界の常識がいまここにいる自分の世界の常識と同じものではない現実を前に、彼女は絶望している。なぜなら……
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