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 どうしたものか……ここで誰か来るのを待たせてもらおうか?  ベンチに腰掛けて、ぼんやりと東屋の外の薔薇の木を見つめていると、どこからかパチンパチンと音がする。ようやく人の気配を感じた私は、東屋を出て音の方向へと走った。そして、探していた人物を見つける。 「セラ? おはよう。具合はどう?」 「おはよう、アルファルド。……もう大丈夫。ありがとう」  初めて、声に出して彼の名前を呼んだ気がする。彼も驚いたのか、鮮やかな新緑色の目がパッと明るく輝いた。  脚立に乗って鋏を手に薔薇の剪定をしていた彼は、嬉しそうに笑う。脚立の下では、先程の大きな狼が丸くなって眠っていた。  やっぱり君の狼だったんだね。 「それは、良かった」 「ここは? 君が管理しているの?」 「うん。そう……去年まで植物学の先生が管理していたんだけど、今年になって腰を悪くして教師を引退したんだ。取り壊される予定だったけど、ここには貴重な薔薇があるし、先生の思い出の場所だし……。だから、僕が管理を引き継いで、ここを買い取ったんだ」  買い取るって発想がいかにも貴族らしいと思ったけれど、『先生の思い出の場所』だからという理由は好ましいと思った。  ただ、それを言うとまた勘違いされそうだから「へーそうなんだ」となるべく素っ気ない返事をした。  アルファルドは狼の尻尾を踏まないように慎重に脚立から降りると、切ったばかりの真っ白な薔薇の蕾にふうと優しく息を吹き掛ける。すると、蕾は開いて大輪の花を咲かせた。 「わぁ! すごい! 今の何?」 「樹の魔法だよ。僕の一族に伝わる地味でマイナーな魔法。樹の魔法が使えるから、なんとか一人でやっていけるんだ」  薔薇を差し出してアルファルドは自嘲するように笑う。私はお礼を言って薔薇を受け取ると、思わず子供みたいな歓声をあげてしまったのが恥ずかしくて俯いた。 「ねぇセラ、もし君がまだお礼をしたいと思っているのなら、温室の手入れを手伝ってくれない? 土いじりが苦手だったら、この……オリオンと遊んでくれるだけで良いよ」  そう言って、アルファルドはしゃがむと足元に寝そべる大きな狼の背中を撫でた。 「……そういうことなら、喜んで。その子、オリオンって言うんだね」  いくら私の毛並みが良いとはいえ、自分で自分をモフることはできないから、モフモフした生き物を見るとなんだかうずうずしてしまう。オリオンを見た時から手触りが気になっていたので、願ったり叶ったりだ。私は二つ返事で了承した。 「よろしくね。――それじゃあ、寮まで送るよ。制服汚れちゃうから、今度来る時は動き易い汚れても良い服で来てね」 「うん、わかった。それで、いつから来れば良い?」  アルファルドはふむと顎に手を当てて、しばらく考える。ややあって、こちらを振り向くと私の手を握る。 「僕としては、ここに住んでくれても一向に構わないんだけど……」 「却下」 「共に一晩を過ごした仲じゃないか」 「それ、外で言ったら許さないからな!」  朗らかに笑う彼を見て、気を許しそうになったことを後悔した。そうだった。こいつはそういう奴だった。危ない危ない。
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