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 不躾にじろじろ見過ぎたのか、顔を上げたエルミーナが困った顔でこちらを見た。失礼だったなと謝ろうと口を開いたところで、先に謝ってきたのはエルミーナの方だった。 「ごめんなさい。私がもっと早くに気付いてあげられれば良かったのに」 「えっ?」  どういうこと? まさか獣人だってバレていたの?  思わず身構えた私だったが、次に耳にしたのは予想の斜め上の回答だった。 「貴女、毎日私が寝た後にそーっと帰って来るから避けられていると思っていたの。昨日、騎士科の知人に、図書館で遅くまで勉強している貴女を見かけたって聞いて驚いたわ。気が回らなくてごめんなさい。学校が違えば授業の進み具合も違うわよね。足りない分のノートの写しを頼んでおくわ」 「え、ええと……。うん。ありがとう! 助かるよ。私の方こそ、不躾に見たりしてごめんね。前の学校は寮じゃなかったから、何だか新鮮で不思議な気分なんだ」 「まあ! ふふふ。わからないことがあったら、何でも聞いてね」  誤解が解けたところで、すっきりとした表情でエルミーナは刺繍に目線を戻した。  ――この子なら、私が狼女だと知っても変わらずに接してくれるだろうか……?  そんな希望を持ちそうになって、慌てて打ち消した。  この学院は王侯貴族から一般庶民まで広く門戸が開かれており、試験に合格さえすればシュセイル人なら誰でも入学することができる。元は騎士を養成するための男子校で、家政科やその他の科が併設され、共学になったのは今から約百五十年程前だそうだ。  そのため、この学院の卒業生はほぼ騎士である。剣技や体術の教官も全員元騎士だ。偶に現役の騎士と一緒に訓練することもあるし、卒業後には試験に合格すれば従騎士(エスクワイア)を飛び越えて準騎士の資格を得られる。  かくいう私も騎士を目指しているため、そういった国内最高レベルの実技訓練が受けたくてこの学院に転校したのだった。  変わっているといえば、これは転校前に聞いた噂だけど、どうやら同世代の生徒の中に王族がいるらしい。  らしいと言うのは、この学院では例え王族であっても、ファミリーネームを名乗ることが許されていないため、隣の席に座る人物がどこ出身で誰の子か知らされていないし、詮索してはいけないという不文律がある。  なんでも、学院創設時以来の伝統だとか。身分に関係無く公平な目で優秀な人材を見出し、育成するための施策と言われているが、実際のところその伝統は表向きの話。  多くの場合、同じぐらいの家格の人たちと既に顔見知りのため、入学時にはもう派閥が形成されている。大人になれば嫌でも政治に関わるというのに、学生の時分から根回しや関係の構築に余念がない。貴族社会の縮図となっている。  そういうわけで、エルミーナがどこのご令嬢なのか、私は知らない。私とは違う授業を選択していることから、騎士を目指しているわけではなさそうだ。  興味が無いといえば嘘になるけど、私にも他人に言えないモフモフな秘密がある。 『どうせまだルームメイトのあの子にも、狼女だって事を打ち明けていないんだろうなと思って……』  ふと、アルファルドの声が脳裏を過ぎって、手が止まった。  満月の度に部屋を留守にすれば、いずれエルミーナに私が獣人だということがバレてしまうだろう。意図しない形でバレるよりは、事前に伝えておいた方がいい。できるだけ早く獣人だということを打ち明けるべきだ。  分かってはいるんだ。でも……。  誰も彼もが正体を隠している。その中で唯一、お互いの出自を知っているのが、一番頼りたくない人間だということに気付いて、薄ら寒いものを感じた。
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