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 ブレザーを脱いでネクタイを緩めながら重々しいため息を吐くと、どこからかカリカリと何かを引っ掻く音が聞こえてきた。不気味な音はエルミーナにも聞こえたようで、手元の刺繍から顔を上げると不安に表情を曇らせる。  私はクローゼットから真剣を取り出しベルトに提げると、耳を澄ませ気配を探った。音の出所は、どうやらベランダのようだ。  怯えるエルミーナに『そのまま座っていて』と合図して、一気にカーテンを開けた。すると……。 「クゥー」  カリカリカリカリ……。  アルファルドの温室で寝そべっていた黒い大きな狼が、両の前足でガラス扉を引っ掻いていた。私と目が合うと引っ掻くのをやめて、ちょこんとお行儀良くお座りをする。 「オリオン!? どうしてここに?」  オリオンは真紅の眼でじっと私を見つめて、前足でタシタシとガラスを叩く。早く開けろってことかな? 「わ……大きなワンちゃん。貴女のお友達?」  いつの間にか隣に来ていたエルミーナがオリオンを見て目を丸くする。 「あー、うん。まぁそうかな。エルミーナは狼怖い? 開けてもいいかな?」 「大きくて驚いたけれど大丈夫よ。どうぞ開けてあげて」 「ありがとう」  お言葉に甘えてガラス扉を開けると、オリオンは待ってましたとばかりに扉の隙間に鼻を突っ込んでにゅるりと部屋の中に入った。体毛が艶のある黒なので、なんとなくウナギを連想して苦笑してしまう。 「どうしたの? ……うん? 何か咥えて……」  お使いを完遂して得意げにフンフンと鼻を鳴らすオリオンを労って、頭を撫でると咥えていた白い薔薇を私の膝の上に落した。茎にピンク色のリボンが結ばれて、括り付けられた銀の輪のピアスがきらりと光る。自分の耳を触って確認するまでもなく、まごうことなき私のピアスである。  いつ落としたのだろう? オリオンが持ってくるってことは……。 「あ……」 「どうしてこの子が貴女のピアスを持って来るのかしら~? 図書館に狼は居ない筈よねぇ?」 「あっ……いや、あの。オリオンは知り合いの飼い狼で、知り合いの所に忘れたのを届けに来てくれたんだと思うよ」 「逢い引きなら、もっとまともな言い訳を考えなさいセリアルカ」 「逢い引き!? そ、そんなんじゃないよ!」 「詳しく聞かせて」 「あっ……はい」  なにやらとんでもない勘違いをされているみたいなんだが?  不穏な気配を察知して逃げようとするオリオンを抱きしめて、私は蚊の鳴くような声で答えるのだった。
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