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2-2音楽室の狼★
「へー……君がアルの婚約者かぁ〜」
流石にその日、十二回目ともなれば、腹も立つ。
その日最後の授業が終わった後、教室に残ってノートの整理をしていた私は、前の席に誰かが座ったことに気が付かなかった。
突然降って来た声に集中を乱されて妙な力が入ってしまったのか、バキリと真っ二つに折れた鉛筆を机に置いて、前の席に座る声の主を見上げた。
「初めまして。僕はクリスティアルと言います。アルファルドの従兄弟だよ。よろしくね」
私の机に頬杖をついて、人懐っこくにっこり微笑む彼に思わず毒気を抜かれて、ただ呆然と彼を見つめていた。男性が言われて嬉しいかはわからないが、目の覚めるような美男子がそこに居た。
ふわりと毛先の巻いた明るい金髪に、神秘的な深い青の瞳。“青き瞳の姫君”という有名な絵画を思い出すその色は、吸い込まれそうな海の色。どことなくその絵の姫君に似ているように思うのは、彼が絵本の中から抜け出たような王子様顔だからだろうか。
アルファルドの従兄弟って言った? 父方か母方かは知らないけど、この一族には美形しかいないのか? なんだか無性に腹が立つな……。
黙ったままの私に、彼は目を瞬いて首を傾げる。ハッと我に返った私は「よ、よろしく」となんとか声に出した。彼は頷き笑みを深める。面食いだったらころっと落ちてしまいそうな魅力的な微笑みだった。
「あの人間嫌いのアルがずっと口説いていたと言うから、どんな子か気になっていたんだ。思ってたより……うん。安心した」
今の間はなんだ? と聞かなくても言わんとすることは大体わかる。
クリスティアルが来るまでに既に十一人に同じ質問を浴びせられてきたが、大体みんな同じ反応をしてそそくさと居なくなる。残された私は、否定して訂正する間も無いまま、このモヤモヤを抱えるという寸法だ。
この従兄弟に言えば妙な噂も少しは収まるだろうか。
「アルファルドに従兄弟がいるなんて聞いてなかったから驚いた」
「あははは! 僕もなかなか君に紹介してもらえないから、勝手に会いに来ちゃった」
彼の朗らかな笑顔に私の警戒心が緩んだところで、本校舎の鐘が気怠げに十七時を報せる。そろそろ、エルミーナの授業が終わった頃だろうか。
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