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先に授業が終わった私は、ここでエルミーナと待ち合わせをしているのだが、ふと周りを見回すと、教室には私たち二人きりだった。白夜の季節に入ったため、窓の外にはまだ明るい日差しが降り注いでいる。世界の最北の国に浮かぶ太陽が、教室の隅に蹲る静けさを軽薄な程に明るく照らしていた。
外はこんなに明るいのに。クリスティアルのように背の高い目立つイケメンが入って来たなら、すぐに気付きそうなものだけど、全く気配がわからなかった。人は皆生きているだけで微弱な魔力を発している筈なのに、彼からは何も感じない。そのことに気がついた時、背中に冷たい汗が伝った。
美男子はアルファルドで見慣れたと思っていたけれど、クリスティアルの美しさには畏怖を感じる。真正面から見たら最後、永遠に光を失ってしまいそうな強過ぎる光。
君は一体何者なの? 魔物や幽霊ではなくて、本当に生きている人?
生まれて初めて美しいものが怖く思えて、私は視線を逸らしながら努めて明るく振舞った。
「紹介って……私はそんな大した人間じゃないよ。それに、その婚約っていうのはアルファルドの勘違いだ。なんていうか、お互いの認識にズレがあるっていうか……」
「えー? そうなのー? でも、アルがそう言ってたよ?」
「だから、それは誤解なんだって」
……まさか君も話が通じないタイプか?
うんざりしているのが表情に出てしまったのだろう。彼は酷く驚いた顔をした。そしてニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
なんだ。そういう笑い方もできるんじゃないかと、人間らしいところを見て少し安心したのは秘密だ。
「……ふうん。なるほどねぇ」
何がなるほどなのか。彼は呟いて席を立った。スラリと背が高くスタイルが良い。
私の手元のノートに長い影が射した。
「君はアルファルドの歴代の彼女たちとは違うタイプみたいだ。まぁ大変だろうけど……頑張って逃げてね」
ぽんと私の肩を叩いて、呆気に取られる私を置いて教室を出て行った。
――前言撤回。やな奴。そして、なんだか怖い奴。
わなわな震える私に、クリスティアルと入れ違いに教室に入ってきたエルミーナが、ギョッとした顔で遠慮がちに声をかける。
「セラ? お待たせ。えっと……大丈夫?」
今自分がどんな顔をしているのかわからないけど、エルミーナに当たるのは何か違うような気がして、ふうと大きく深呼吸をして怒りを落ち着けた。
「さっきの彼と何かあった?」
「いや、何でもない。挨拶しただけ」
「……そう」
エルミーナは何か思うところがあるのか、彼が出て行った扉をしばらく見つめていたが、すぐに本来の目的を思い出したようで、私に向き直った。
「彼が会ってくれるって。一緒に会いに行きましょう? 私と彼はね、選択している教科が全然違うから、なかなか会えないのよ。でも今日は緊急って言ったら、すぐに時間を作ってくれたわ」
「ええー……なんだか申し訳ないよ。二人でデートしなよー」
「それは……まぁ、会えばわかるわ。さぁ行きましょ!」
エルミーナは私の手を取ると強引に引っ張って行く。本校舎から渡り廊下を渡って、旧校舎へとやってきた。
「ここ旧校舎だよ? 肝試しでもするの?」
「おばけより怖い人だから大丈夫よ」
なにそれこわい。
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