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キョロキョロと周りを見回す私の手を引いて先を歩くエルミーナは、やがてとある古ぼけた扉の前で止まる。
三回、一回、二回、一回とノックをすると、カチャリと小さな音がしてドアの鍵が開いたようだった。こんな所に魔法錠なんてと思ったけど、元が校舎ならそういうこともあるかと納得した。
エルミーナに促され、私はその部屋に入った。中は音楽室のようだった。部屋の中央にはグランドピアノが鎮座し、壁側に古い机と椅子が寄せられていた。そこに一人の青年が腰掛けていた。
彼は足をゆったりと組んで、頬杖をつきながら膝の上の分厚い本に視線を落としていた。赤銅色の少し長めの髪に明るい空色の瞳の精悍な顔つき。肘まで捲ったシャツから覗く前腕はがっちりとしていて、私と同じ騎士科の人間らしいことがわかる。
やや不機嫌そうに眉間にしわを刻んだまま顔を上げたのだが、エルミーナの姿を見るなり破顔した。ちょっと前と打って変わって優しく柔和になった雰囲気に、私は目をパチパチと瞬く。
「紹介します。私の婚約者のフィリアスです。――で、こちらが、私の友人のセリアルカです」
順番にエルミーナが紹介すると、フィリアスは立ち上がって右手を差し出した。
「よろしく」
騎士が初対面の相手に利き手を差し出すのはどうかと、一瞬考えたが“友人”のエルミーナの紹介だもの。信用して良いはず。そう思って、握手をしようと右手を出した。
――触れたその瞬間、バチッと雷が爆ぜるような大きな音を立てて私の手は弾かれた。エルミーナが小さく悲鳴を上げて口元を押さえる。
「――これはまた、珍しい者を連れて来たね? エリー」
「フィリアス!? これは……何をしたの?」
私はフィリアスの右腕に現れた紋様に目を奪われていた。右手の甲から肩甲骨まで連なる炎の紋様がシャツの下で赤く光っていた。私の視線を感じたのか、よく見えるようにフィリアスは腕を掲げた。
「御印を見たのが初めてでも、炎の御印の所持者が誰かぐらいは知っているだろう?」
知らない筈がない。シュセイルに住む者ならきっと子供だって知っている。
「……まさか、こんな所で王子様に会うなんて」
いたずら成功と言いたげにフィリアスは笑った。エルミーナに向けたあの優しげな笑顔はどこに行ったんだ! と言いたくなるような、それはそれは悪〜い顔で。
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