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2-2
御印とは、神の血を引く一族の末裔の体表に現れる紋様のことだ。御印を受け継いだ者は魔力量、魔法の威力が上がって、二十歳を過ぎると老化が遅くなり寿命も延びる。
私たちが住む、このシュセイル王国は二つの御印の一族によって守られた国である。
ひとつは戦神の翼の御印。これは国王陛下が王位と共に代々受け継いでいるため、王権の象徴といわれている。
そしてもうひとつが火の神の炎の御印。王妃や騎士団長を数多く輩出している名門マティス侯爵家の当主が受け継いでいる。
「初対面だと思うが、どこかで面識があっただろうか?」
捲っていた袖を直し黒の上着を羽織ると、フィリアスは改めて私に目を向ける。冷たく厳しい視線を寄越す瞳は、王家特有の北の空の色。空に興り、空と共に歩むこのシュセイル王国において、他の何よりも貴い色だ。
「い、いいえ! 私の父は、大学の教授で古文書の研究をしています。仕事上、王宮に上がることも多くて……それで、お噂を聞いたそうです。我が家も弱小ながら御印の一族ですから、失礼が無いように事前に知っておきなさいと言われました」
曰く、王太子となって翼の御印を受け継ぐべきは、最も優れた長子だったのに、一番上の王子はマティス家令嬢の子で、炎の御印を持って生まれてしまったため養子に出された、と。
「なるほど。エリオット・リーネ教授の愛娘とは君のことか」
「フィリアス様、父は私にしか話していません。どうかお許しください」
膝を付こうとする私にフィリアスは首を振って制す。
「王宮にいる者ならメイドでも知っていることだ。今更咎めたりはしない。――それから、フィリアスでいいし敬語もいらない。ここではそういうルールなんだ」
そう言って、私に椅子を勧めた。
「もう! いきなりあんなことしたら驚くじゃない! セラ、大丈夫? 怪我してない?」
私の右手に触れてひっくり返したりしながらエルミーナは心配そうに私の顔を覗き込む。
「大丈夫だよ。ありがとう」
弾かれただけで痛みは無い。ホッとしたようにエルミーナは笑って、私の隣に椅子を持ってきて座った。フィリアスに向き直ると柳眉を顰めて問う。
「今のは何をしたの?」
「たぶん、私に敵意があるかを確認したら魔力が過剰に反応してしまったんだ。私は銀月の女神の一族だから、彼の火の神の一族とは本来敵対関係にある。魔力の相性が悪いんだ。私が手を出した時に彼が強い魔力をぶつけたら、弱い方の私が弾かれたってことだよ」
困り顔のフィリアスの代わりに私が答えると、エルミーナは「敵意だなんて!」と憤慨してフィリアスを睨む。
「普通なら少しピリッとするだけなんだ。セリアルカが御印の一族とは知らなかった。驚かせてすまない。だが、普通に名乗っても信じてもらえないだろう? …………うん。俺が悪かった。だからそんな顔しないでくれ」
むすっとしたエルミーナにタジタジなフィリアスに、私は思わずふき出した。それが呼び水になったようで、ようやく空気が和らいだ。
「――それで、緊急の用件とは?」
エルミーナは隣に座る私の手を握る。私は覚悟を決めてそっと握り返した。
「私たちの友達の話なの。その娘は……」
「エリー、良いよ。フィリアスは私に身分を明かしてくれた。私も君たちを信じる。私から話させて」
エルミーナは目を瞠り、嬉しそうに頷いた。
私は一度大きく深呼吸をして、天井を見上げる。古びたシャンデリアが暖色の光を落として、壁掛けの時計の秒針の音が部屋に響く。
今更ながら、どうして音楽室なのかやっとわかった。中の音が外に漏れないから、こういう話をするのにちょうどいいのだろう。
静かに待っていてくれたフィリアスに向き直り、私はなるべくゆっくり簡潔に話始めた。
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