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「千年前の戦乱の時代に、獣人は人間の側で戦い、数々の武功を立てた。それ以来、このシュセイルでは基本的に獣人を保護している。だが知っての通り、狼の獣人に関しては彼らの自浄作用に期待している部分が大きい。それは、彼らが群れを成し集団で生きる種族であること。厳格な上下関係に拠る頭領への絶対的な忠誠心などが理由だ。君が真に恐れるべきは、そういった群れから逸れた狼男……ということになる」
エルミーナが頼れると自信を持って推薦するだけあって、フィリアスは獣人に関しても知識が豊富のようだった。適切に相槌を打ってくれるので止まることなく一気に話ができた。いずれこの国の中枢に至る人だ。必要な知識なのだろう。
「その通り。だから、こういう学院のような閉鎖された場所は一番危ない。群れの目が届かずに、逸れ狼を生み易いから」
私の母を殺したのも、群れから逸れた狼男だった。その前日、酷い風邪をひいた私はフェロモンを抑える薬を飲むことができなかった。
――あの日の光景が今も脳裏に焼き付いている。
「君の話を聞いて、いくつか疑問がある。質問してもいいか?」
「なんでも聞いて」
「この学院は、元々騎士を養成するための学校だ。そのため男子生徒が八割を越える。君が入るには少し無謀だったのでは? 今回エルミーナに問いただされなかったら、君は秘密を秘匿するつもりだったのか? 何も知らないエルミーナが危険にさらされたかもしれない可能性は?」
エルミーナが小さく息を呑む。なかなか容赦の無い質問だと、私は苦笑いする。
「転入は父さんに何度も止められた。でも、獣人は身体能力が高い。私はこの力で同じような獣人の女性を守りたい。だから、どうしても騎士になりたいんだ。そのためには狼男の一匹や二匹、素手でぶっ倒すぐらいの力をつけたい。そのために来た」
母を殺した狼男はその場で撃ち殺された。私の手で仇は取れない。ならば、私は私のような者を出さないように狼男を取り締まる立場を目指したい。そう思った。
「満月の度に朝帰りしたらいずれバレてしまう。早いうちに話す気だった。でも……勇気が必要だった。それに関してはエルミーナに申し訳ないと思っている」
エルミーナの方を向いて頭を下げると、エルミーナは首を振って手を繋いでくれた。
「私がフェロモンを抑制する薬を忘れずに飲んで、抱きついたり濃厚な接触をしなければ、においが移ることは無い。この学院の女子生徒はお嬢様ばかりでみんな高い香水をつけているし、いい具合ににおいが紛れる。エルミーナに危険は及ばないと思う」
抱きつくのはダメなのね。と少し残念そうに呟くエルミーナに、私は驚いて思わずエルミーナの横顔を見た。
心なしか私、フィリアスに睨まれてる気がするけど大丈夫? なんか変な勘違いされてない?
「……よくわかった。たしかに君は危険な存在だ。だが、それだけ備えていながら襲ってくる奴がいるとすれば、それは避けようが無いことだと思う。――それに、エリーの貴重な友人だからな。これからはより一層エルミーナの安全に気をつけてあげて欲しい」
「えっ!? それじゃあ……」
思わず弾んだ声を上げる私に、フィリアスは眉尻を下げて頷いた。
「ただひとつ、注意して欲しいことがある。この学院には俺が知っているだけで四人の狼男がいる。いずれも大人しく人間の中に紛れて静かに暮らしている。絶対に近付かないと約束してくれ」
私が近付き過ぎなければ、彼らが発狂することはない。私に異存は無かった。
「約束する」
私の答えにフィリアスはようやく憂のない爽やかな笑顔を見せてくれた。
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